世界は貧困を食いものにしている　　ヒュー・シンクレア　　　　　朝日新聞　　

バングラディシュで貧者を救うシステムとしてはじまったマイクロファイナンス、100ドルに満たないような小額を主に貧困にあえぐ女性達の小口ビジネス資金として貸し付けるというこのシステムは、いままで銀行などが全く対象にしなかった貧者をその貧困から救うシステムとして注目を浴び、このシステムの創始者であるムハマンド･ユニスはノーベル平和賞を受賞もした。

今や、このマイクロファイナンスシステムは、数千の「小口金融機関」として世界中に広がっているが、その実体は当初ユニスが唱えたような貧者救済にはほとんど役だっていないし、それどころか年利100%以上という暴利を貪る単なる｢高利貸し｣に転落しているという。

本書は長年、世界各地のマイクロファイナンスの現場で活躍した著者による、マイクロファイナンス告発本ともいえるものだ。

ユニスがノーベル平和賞を受賞した事実、実際にマイクロファイナンスを利用してスモールビジネスを起業、貧困から脱出した女性の例などをこのファイナンスシステムが大々的に宣伝していることなどから、今でも多くの人々は、この小口金融システムこそが、「貧者に対する慈善心溢れる援助の手段」だと信じているが、著者によれば、貧困から脱出できた女性あるいは貧者がゼロとはいわないがそれは全体の1％にも満たない人に過ぎず、小口ファイナンスは日々の消費に、あるいは電気製品の購入に使われているのが実体だという。

表面的な金利は年率60%程度とされてはいるが、融資を受けるためには拘束預金に金を積まなければならないなどのさまざまな裏金利システムがあり、マイクロファイナンスの酷いものは年率150％に及ぶものも珍しくないという。借金の返済要件は厳しく、融資を受けた貧者の多くは、他のマイクロファイナンスからの借り入れで一旦、借金を返済し、再び他の借金を返済するために又、借金を重ねるといった借金地獄に陥る者も多いというじ、インドなどでは借金苦から自殺者も増えているのが実体だという。

日本でも数年前に「総量規制問題」が起きた時にこれと同じ問題が論議になった。「借金苦」にあえぐ人(日本の場合も主婦などが話題になった)を救済する方法として、「それなら収入の1/3を超える借金をさせないようにすればよい」というバカな法律がつくられたが、借金をする人は金が必要だから借金するのであって、「これ以上は借金できない」となれば、ヤミ金に走るか、夜逃げするか（自殺するか)しかないことは明らかだというのに―――。（こうなってくると、貸すことが親切なのか、貸さないことが親切なのか、という究極の問題に行き着く）

マイクロファイナンスが小口の金を必要とする人にとっては確かに「救世主」であったように、日本のサラ金も貧しい主婦たちにとっては「救世主」であったかもしれない。しかし、救世主もメシを食わなければならないのだから、貸主がリスクを見込んだ金利を取ることは当然正当化される―――貧者に貸すとなれば高金利になるのは仕方がないともいえる訳だし―――）

マイクロファイナンスといえども金融業であり、金融業である以上、利益を目的としているのは必然でもあり当然でもある。ただ、その事実を隠し「貧者救済」だとか「貧困からの脱出への手助け」といったきれい事のオブラートでくるみ、営利だとか、マイクロファイナンス幹部の超高給や、不透明な経理といった部分を隠そうとするから話がおかしくなるのだ。

実は営利の為の手段でしかないマイクロファイナンスを、貧困からの救済という綺麗な目的のように見せかけたという意味ではユニスは天才だったということができよう。彼には平和賞ではなく経済学賞でも与えるべきだったのかもしれない。

(13年3月発行)