民族紛争　　　　　月村太郎　　　　　　　岩波新書　

紛争の原因は様々あるが、その大半はある集団ともう一つあるいは複数の集団との間で起きる利害の対立である。

宗教紛争といわれるものもあるがこれにしても、教義の違いといったものが原因というよりは、それぞれの宗教、宗派間における現世利益上の争いがその根本にあるというのが実体ではないだろうか。

国境線を巡る紛争、貧富の差を巡る紛争等々、いずれも結局は集団同士の利害対立によって起きている訳だが、そういった紛争当事者の各集団がよりどころとするアイデンティティーのよりどころは、「民族」ではないだろうか。

本書は、いまも世界各地で頻発している民族紛争についての研究本である。本書は2部構成になっており、著者は第1部において、過去に起きた、あるいは今も継続中の民族紛争、スリランカ、ボスニア、ルワンダ、キプロス、ナゴルノ・カラバフ、コソボにおける民族紛争の原因、経緯、現状について詳細に分析する。

いずれの紛争も、自分にとってはニュースなどによって報道された大雑把な経緯などしか馴染みのない紛争ではあるが、ある意味では近現代世界史のおさらいをしているようなところもあり、実に興味深い。（何れのケースを見ても、人類はいかに愚かで、いかに残虐な動物なのだろうという思いを強くするが）

こういったどろどろの民族紛争の事例集のようなものを知ると、我々日本人が、島国という世界的にみても特殊な環境にあることによって国内にこれというほどに深刻な民族問題を抱えていないという幸運に恵まれたことを感謝する気持ちになる。

民族問題というのは、かつてのユーゴスラビアが他民族国家の成功例と讃えられたにもかかわらず、カリスマ指導者チトーが死去したらたちまち世界最悪の民族紛争地域に逆戻りしたように、基本的には人智では解決できない問題だという絶望感にも陥る。

第1部の充実に比べると、第2部の民族紛争の発生、発達メカニズム、予防方策などを述べた部分の弱さにはかなりがっかりさせられる。特に民族紛争を避けるためには、人々が「民族」ではなく「国民」というアイデンティティーを唯一のよりどころとすべきだという結論には大いに違和感をもった。

そんなことができていれば、今までの民族紛争は起きなかったはずだ！と考えれば、あまりに安易な理想論で本書を閉じるのは、なんとも無責任という気がしないではない。「国」を「世界」に置き換えて、「我々一人一人が地球人であるという共通アイデンティティーを持てば、世界平和は実現する」と言っているのと同じで、確かにその言葉の響は美しいが、そんなことが実現すると本当に信じている人は少ないのと同じことだ。

かといって、著者自身も述べているように、「民主主義」も、民族問題を含む紛争解決手段としては絶対的なものではあり得ない。

多数決原理に基づく民主主義的な政治決定方式が、却って民族間の対立を深めてしまうケースも多いし、かといって少数意見尊重という方式をとれば、多数派の不満が高まるという欠陥がある以上は、民族紛争の解決に民主主義がそれほど役立つとも思えないからだ。

寧ろ、著者も、人類にとって民族紛争は宿痾のようなもので理屈では解決できない！と居直った方が正直だったのではないかと思う。

韓国の朴槿恵大統領は「日本に対する恨みは1000年経っても消えない」と言っているではないか。