日本仏教の社会倫理　　　　島薗進　　　　　岩波書店　　

日本の仏教哲学のレベルはかなり古くから世界的なトップレベルにあるといわれている。仏教哲学、あるいは仏教教学のある意味では「高邁」な研究レベルと、「葬式仏教」などと言われ僧侶の肉食妻帯が当然となっている極めて世俗的な現場仏教とが同じ「仏教」で語られることが不思議でならなかったのだが−−−本書は、現在の仏教研究の第一人者とも言われる著者によるそんな疑問に答えてくれる（かならずしもその結論に納得できた訳ではないが）仏教観研究の一冊だ。

例えば、釈尊自身が妻と息子を捨てて出家し悟りを開いたといわれているが、個人の悟りを得るためにと捨てられた息子の身になってみれば、この行為が仏教の解く、慈悲、とどのようにつながるのだろうかといった疑問に対する著者の答えは、まさにある意味では「神学論争」的な堂々巡り、訳の分からなさを正直感じないではないが、そう感じるのは自分の理解が不足しているからに違いない！と思わせるだけの、迫力が著者の論にあることだけは間違いない。

それにしても、我々日本人に馴染みの深い大乗系の仏教の「慈悲」の概念と、妻や息子を捨ててまで自己の悟りを求めたブッダの行動はどうつながるのだろうか。

本書に述べられている神学論争は、さまざまに研究され哲学の面、宗教学の面からこの数千年に渡って語られてきてはいるが、際限のない論争の揶揄として言われる「神学論争」の堂々巡りを脱していないもどかしさを感じる−−−こともまた事実である。

個人の救済を求める目的を持ち戒律、出家といった厳しい修行を要旨、世俗とは疎遠であることを求めた初期仏教、小乗仏教と、その正反対に現世における人々との積極的接点を求める大乗系の日本仏教とが、同じ「仏教」としていかに整合性を保っているのか−−−著者は、この点を仏教がブッダの時代から、肉食妻帯さえ行なう日本の現代仏教にいたるまで一貫して「社会に正法を具現する」という同一の原点をもっているのだと説くのだが−−−。

その他、世界的にもトップクラスにあるといわれる日本の仏教研究の最先端にある研究者が、現在、どのような研究を行なっているかについても多く述べられており、仏教教学、哲学に好奇心を持つ人たちには楽しめる一冊ではないだろうか。