亡命者　　　　　　　後藤篤志　　　　　　　筑摩書房　

サブタイトルが「白鳥警部射殺事件の闇」とあるが、白鳥事件を覚えている人はもはや極めて少数に限られるのではないだろうか。何しろ60年以上前の事件である。共産党による組織的犯罪であるとする、治安当局の捜査に対して、共産党は全否定、冤罪を訴える中で、共産党員たちが続々と逮捕されるも、共産党は組織防衛の為にと彼等を当時の友党であった中国共産党の手を借りて中国に逃亡させ−−−結局時の経過とともにこの事件の記憶も薄れ関係者はこの60年の間に皆死亡、事件は永遠の闇につつまれて−−−−という事件だ。

1952年、雪に覆われた札幌の路上で、白鳥一雄警備課長が射殺された。自転車に乗った犯人が猛烈なスピードで逃げ去るのを目撃した人も多かった事件だった。

白鳥課長が公安担当として当時、暴力革命路線をとっていた日本共産党の札幌地区委員長などに対する強力な取締りを行なっていたことなどもあって、当初から日本共産党の札幌地区委員会、北大の共産党細胞などが徹底的にマークされた。

この事件で逮捕された札幌地区委員長は、その後、懲役20年の実刑が確定したが共産党本部は、組織防衛の為に、この事件は冤罪であるという運動を続け、全否定の論陣をはった。

世論も、当時、松川事件、三鷹事件などと同様に当初公安によるでっち上げを主張する共産党に同情的な面もあったが、その後、この共犯者グループの中から「裏切り者」といわれながらも、良心の呵責から自供する者が現れ、又、いくつかの証拠や証言なども得られた結果、共産党はこの共犯者たちを中国へ亡命のために密航させた。

事件当時、暴力革命路線をとっていた共産党だが、その後、内部抗争の結果、暴力革命路線派を、「冒険主義」として否定、平和路線へと180度の路線転換をはかったことで、この中国亡命者のグループは、共産党にとっては鬼っ子的存在になってしまった。

著者は北海道放送の記者として、77年からこの白鳥事件の取材をはじめ、帰国した亡命者や、事件関係者を訪ね、閉じた戸をたたき続けていく中で、どうにかこれが「白鳥事件の真相だ」というところにたどり着いたとして、本書を著わしたという。

事件後、長い時間が経過したこともあったし、一部証拠の捏造なども行なっていた検察にとっても、嘗ての暴力路線を暴かれることを避けたい共産党にとっても、本事件の「真相を語る」ことは、避けたかったのだろう、最後の亡命者が中国で死亡して以降も、結局この事件は、曖昧なまま闇に葬られようとしている。

著者は、実行者、その背後にいて糸をひいていた人物、あるいは当時の組織などについて「ほぼ、これが真実だろう」というところを本書で書いてはいるが、それらの結論に確証が得られている訳ではないこともあって（共産党は組織的にもかん口令を引いている）、いささか隔靴掻痒の感はあるが、松本清張の描いた「日本の黒い霧」などが、実は共産党シンパであった清張による共産党プロパガンダでもあったことが明らかになってきている今日、やはり著者の結論こそが真実だったのだろう〜と思えるだけの説得力はある。

(13年9月発行)