分子からみた生物進化　　　　　宮田隆　　　　　　講談社　　　

ダーウィンの進化論に対する様々な反論は今も続いているとは言え、自然淘汰による進化のメカニズムは、今や広く認められているといってよい。

但し、進化論に対する反論ではないが、例えば生物が何故、いまのような眼を進化で得たかという点などでは、ダーウィン自身をも相当悩ませたように、突然変異と自然淘汰だけでこれを説明するのは乱暴すぎる−−−やはり神の存在を考慮しなと−−−いった細部での反論は常に起きていると言ってよい。

たしかに、眼の複雑な機能が、いくつかの突然変異の組み合わせが、それぞれに自然淘汰を受けた結果、「眼」の機能という複雑なメカニズムにつながったといった説は、そんな偶然の積み重ねで本当に、神の起こした奇蹟のような「眼」という複雑な器官になったとは到底信じられない！という素朴な意見に対しては、それほど強力な説得力ある反論としては使えないような気がしないではない。

万物とその機能は、ある時、やっぱり創造主が一気に作ったのだ、という説も、科学意識の高まった現代においては、笑い種と切ってすてるのは簡単だが、それと同じようになんでもかんでも自然淘汰、自然選択で説明しようとするダーウィン主義も、やはり突飛で、荒唐無稽な説ともとらえられかねない面がある。

そんな中、日本の木村資生の発表した「分子進化の中立説」は，ダーウィンの進化論とその自然淘汰理論のもつ不自然さを補完する説として、今や生物進化論の学界の中では広くみとめられつつある。

木村資生の弟子でもある著者は、この「分子進化の中立説」をもとに、さらに新しい仮説を加えて、生物進化論の現在到達した新しい知見を本書で詳細に述べている。

いささか専門的でもあり、又、その言及する範囲が広いこともあって、やや難解な一冊ではあるが、生物進化論に興味のある人にとっては、見逃せない一冊だ。

ほとんどの進化は分子レベルではその生物にとって益にも害にもならない中立的なものであるが、こういった生物は不必要に「遊び」を抱えていることによって、無数の「遊び」の幾つかが偶然的に自然淘汰されていった結果、遺伝子重複と遺伝子混成のトライアンドエラーが起こり、その中から幾つか有益な遺伝子が造られ、これが、生物進化史上の奇跡と考えられているカンブリア爆発のような現象を生み出すのだ−−−という訳だ。

その他、進化の先導者だったのは、基本的にはオスの遺伝子であること、 ネアンデルタール人と現代人はいつ分かれたのか? 生物最古の枝分かれはどうおきたのか?等々取り上げられたトピックはどれも面白く興味深いものばかりだ。