オオカミ少女はいなかった　　　鈴木光太郎　　　　新曜社　　

1926年、インドでオオカミに育てられた二人の少女が発見された−−−という話はタカさんも子供の頃に聞いた記憶がある。さしたる疑いを持たず、「そんな、不思議なことが本当に起ったとは−−−」などと思いつつも、真実の話だとばかり思ってきたのは、当時、この話のパロディーのような「ターザン」だとか、山川惣治の「少年ケニヤ」だとか「少年タイガー」などのこの手の「猛獣に育てられた少年」の物語が溢れていた所為もあったのではないだろうか。

オオカミ少女の二人は発見された当初四つ足で歩き生肉を好みオオカミのようにほえたという。一人は、発見後１年で死んでしまうが、もう一人は、養育者の牧師夫妻の献身的努力によって、なんとか立って歩けるようになったものの発見されて9年目に死ぬまで言語的能力は発達しないままだった−−−。

このオオカミ少女の話、今も人にとっては幼児期の環境や教育がいかに大切であるかを教える好例として育児教科書などにも載っている話だそうだが、確かに、怪しげな話ではある。

本書の冒頭で著者はこのオオカミ少女の話が、幾人かの捏造者によって作られた手の込んだインチキ話であったことを暴いている。著者はこのオオカミ少女の物語の発端となった原典といわれる資料、そしてその原典を補強する形で更に捏造されていった資料の作成過程にさかのぼり、証拠とされる写真や、関係者の供述などにみられる明らかな偽装の証拠などをひとつひとつ指摘していく。

そもそも「オオカミに育てられた」という根拠が全くないことは、「第一発見者」といわれる牧師夫妻の言葉は原典では「トラの穴でみつけた」とあり、「オオカミに育てられた」という話は、後の資料で唐突に表れてきていることなどからしても、いかにもインチキ臭い。その他にも、この捏造の怪しげな点を次々と指摘し、その偽装過程を遡って推理していくスタイルは、あたかも中味の濃い推理小説を読むようである。

しかし、なぜこんな明らかな捏造が、この100年近く堂々と科学界で信じられてきて、今も教科書に載っているのだろうか。著者はそれは、ある科学理論（この場合、育児教育という教育理論、人間心理学）の仮説を補強するような事実があったらよいのに−−−という学者側の願望が、オオカミ少女のようなでっち上げを、あたかも真実であるかのように見せてしまうのだという。（人には見えないのに、見たいと思ったものが見えてしまう−−虹が本当に七色なのか、只七色と言われているからそう見えているのか−−−）

オオカミ少女は、二足では歩けないのに、四足なら物凄い速度で走ったといわれるが、人類は今や4つ足では二足歩行よりも早く走ることなどできないという人体骨格の問題、木に登っている少女の写真、も、オオカミは木に登らないことを考えれば、明らかに矛盾すること、「オオカミ少女は生肉しか食べなかった」という話もオオカミは雑食性であることからすると、おかしい―――等々、ちょっと常識を働かせればオカシイと気付くはずのことが、今までなぜ見過ごされてきたのか−−−推理小説の謎解きを読むようで実に面白い。

その他、サブリミナル効果など科学史の中で、真実だと信じられているものの、実はまったく科学的に証明されていない「神話」についての考察がいくつも挙げられている。

UFOやエイリアンなど、科学的に実証されていないのに、多くの人がその存在を信じているものは実に多い。こういった神話に騙されないためには、「原典にあたること、うわさに頼らぬこと、疑うこと」が大切だというのが著者の結論だが―――。