流星ひとつ 沢木耕太郎 新潮社
ノンフィクションライターとしての沢木耕太郎の実力は、一頭図抜けたものがあることは彼の多くの作品で十分納得していたつもりだったが、その思いを更に一層強い物にしたのがこの作品である。
昨年、自らの命を絶った藤圭子が人気の絶頂にあった28歳の時に突如引退を発表したのは彼女の死の34年前のことであったが、その直後、沢木耕太郎は、引退の真相を聞き出すため、ホテルニューオータニのバーで彼女にインタビューを試みた。本書はそのインタビューをそのまま録音再生したような構成をとっているものの、その内容は、実によく計算されつくした藤圭子という伝説的天才歌手の貧困にあえいだ幼少期、そして盲目の母への愛、彼女の才能を見出したことによって藤圭子とともに世に出ていく男たちといったノンフィクションストーリーになっている。
インタビューでの藤圭子が沢木耕太郎というライターに全幅の信頼を寄せ、実に赤裸々に語る様子は、華やかな舞台で脚光を浴び華やかさに彩られているにも関わらずナイーブであるからこその孤独感を漂わせた藤圭子という天才歌手の人間性を余すところなく伝えている。
沢木耕太郎がノンフィクションライターというよりはジャーナリストとして、更には藤圭子という女性の人格を尊重するヒューマニストとして凡百のライターと違うことを印象付けるのは、彼がこの500ページにも及ぶ大作を完成させながら、出版をとりやめ38年間も封印し続けたところにあると思う。
この作品の中で藤圭子は、実に率直に自分自身を語っていている。その理由は、藤圭子が沢木耕太郎に全幅の信頼を寄せていたからこそだということがひしひしと伝わってくる。ここまでの信頼を寄せて語ってくれた彼女の言葉を、出版という形で広く世に出すことを、沢木の藤圭子に対する思いやりの気持ちによる逡巡があったからこそ38年という長い封印を自ら課したのだと思う。
精神を病んで自死に至ったといわれる藤圭子だが、38年前の藤圭子には全くそのような傾向はみられない。沢木にとって多くの人々の藤圭子という天才少女歌手の残像は、自死という謎の中で消えていった女性---という形ではなく、38年前に輝いて消えていった美しい流星の軌跡として残って欲しいという思いが、本書の封印をといた理由だと思う。
（13年10月発行）