謎の独立国家 ソマリランド 高野秀行 本の雑誌社
ソマリアと聞けば海賊以外にはこれといった産業（？）がない無法国家で、国内では内紛続き、政府機能は崩壊し、治安は世界最悪の国、というイメージしかもっていなかったが、本書を読んでソマリアという国は国連では認知されてはいるものの、実際には国としては存在している訳ではなく、ソマリアと呼ばれている「地域」にはじっさいには、３つの疑似国家でできているに過ぎないと知って驚いた。
たしかにアマゾンの奥地がどうなっているのかを我々が知らないのと同じように、「世界でもっとも危険な国」となれば実際にこの地域を訪れる人はほとんどいないだろうし、我々がその地域の実態について得る情報は極めて少ないのだから、我々の知識が極限られたものであることは致し方ないだろう。
そうであるならば、著者のようにこの地域に出かけ、自ら体を張ってこの地域を取材する姿勢こそが、真のジャーナリストの持つべき姿勢といえるのかもしれない。もっとも、本書を読んでみると著者の姿勢はジャーナリストというよりは、極地探検に挑む冒険家という方がふさわしいようにも思う。ことほど左様に本書の内容は、スリリングで迫力に満ちている。
ソマリアには、その北部には国際的には未承認ながら平和な独立国家としての体裁を整えるソマリランド、中部には海賊の拠点ともいわれるプントランド、があり、南部には今も氏族同士が血で血を洗う争いを続ける南部ソマリアからなっているという。
本書はこの謎の国、ソマリアの３カ国を巡った著者による５００ページにも及ぶノンフィクション探訪記というべきだろう。
極地もアマゾンのジャングルも冒険しつくされた観のある現代において、むしろ世界最悪の無法地帯、危険地域を探訪することこそが、まさに「冒険」と言えるのかもしれない。もっともそんな地域に多くの人々が住んでおり意外なほどに快活な笑顔があふれているというのだから―――なんだか現代の「ガリバー旅行記」を読んでいるような気もする。
そもそもソマリアにはどうやって行ったらよいのか、VISAはどこで取ればよいのか、といった疑問から始まる本書だが、冒頭から、著者の冒険者としての体当たり精神にあふれておりドキドキワクワクの内容にあふれている。
「傲慢で、いい加減で、約束を守らず、荒っぽい」といわれる（そして著者がそれを実感する）ソマリア人が、なぜ産業もなく、生業といえば海賊業程度しかなく、カートといわれる覚醒効果のある葉っぱを日がな一日噛んでいるにもかかわらず、奇蹟のような「平和国家」を作っていられるのか---。
カラー写真にある弾痕鮮やかな建物をバックに銃を担いで歩く男たちと、そのにこやかな表情のアンバランスさ、なんとも、こんな地域が現代の世界にあるとはとても信じがたいだけに、息もつかせずよませる迫力に満ちた一冊だ。
（13年2月発行）