本当はひどかった昔の日本 大塚ひかり 新潮社
イザベラ・バードをはじめとする幕末から明治初期に日本を訪れた外国人が描いた当時の日本が、我々日本人にとっては意外なほどに褒めてあることに気を良くしたのか、なんだか昔の日本が世界でも珍しいほどに「幸せな国」であったという心地よい「幻想本」が賑やかだが、例えばブータンが「世界で一番幸福な国」と言われていても、それではブータンに移住しようという日本人がいないのと同じように、明治初期の日本に戻りたい、などと思う人はまずいないと思う。
本書は、ノスタルジー幻想に酔っているだけの「昔の日本ほめ」に対するアンチテーゼというある意味では少しあざとい意図から書かれた本という意味では
昔の日本には、育児放棄や体罰、老人虐待や残虐な殺人といったことがあったし、平安時代はむちゃくちゃといってよいほどの「見た目社会」であったことなどが書かれているのだが、その根拠として上げられているのが、源氏物語や近松の心中物といった古典文学が多いし、江戸時代の瓦版記事といった物であるというところに本書の根拠の浅さが表れているように思う。
現代でも新聞記事になるような事件、あるいは小説の題材になるような男女間の問題などは、当然ながら一般大衆の身の廻りで起きるような平平凡凡の日常事とはまったく異なる「異常な」ことがらであるように、近松の心中物に描かれたような残虐な、あるいは「どろどろの」事件が日常的にあった訳ではないだろうから、これらの例を挙げて「だから、昔の日本はこんなにひどかったのだ！」と言われても―――と思ってしまう。
現代日本で起きている様々な事件を具体的にあげて、実は昔の日本でもそれと同じような事件が起きていた、という書き方をしている点は評価できるところもあるが―――。「昔の日本も今の日本も、結局は日本人というのはそんなに大きく変わってはいない－－－褒めすぎも、けなし過ぎも正しくはない」というのが結論でよいのではないだろうか。
（14年1月発行）