不浄の血 アイザック・B・シンガー 河出書房
国無き民として世界中を2000年以上に亘って流浪したユダヤ民族だが、その旅により大きく二つに分かれている。スペイン、イタリア、トルコや中東、アフリカなどを流浪したユダヤ人を先祖にもつスファラディと、西欧、東欧などに移り住んだユダヤ人の子孫アシュケナージである。
本書の著者、シンガーはアメリカ在住のユダヤ人だが、その作品のほとんどは、アシュケナージの言葉、ヘブライ・ドイツ語といわれるイディッシュ語で書かれたもので、多くの作品が英訳されて世界に紹介され、その独特な民族性に根差したユニークな小説世界によって78年にはノーベル文学賞を受賞している。
本書には16篇の短編がおさめられているが、いずれもユダヤの伝統的文化、ナチスの迫害という悲劇を生き抜いた被抑圧民族としてのアシュケナージ達の世界観といったものを背景にしており、いささかとっつきにくいところもあるが、読み進むにつれて、どっぷりとこの作家の世界に引き込まれる魅力がある。
表題作の「不浄の血」は、食肉を生業とする男に惹かれた人妻が、その男が屠殺した家畜の血に興奮しながら、その屠殺の場で男と交わるという行為に溺れるようになり、堕落への道を歩んでいく---というなんとも官能的でスリリングな展開だが、彼が幾度も民族虐殺の被害者となったアシュケナージの末裔であるという背景から醸し出される、独特のオーラのようなものが、作品の底知れぬ恐ろしさとなって、息もつかずに読ませる。
16篇いずれもが、ノーベル賞作家らしい完成度の高いものだ。
(13年3月発行)