気ままに漢詩気分 足立幸代編著 筑摩書房
日本ではよく知られている、カール・ブッセの詩「山のあなたの空遠く」はブッセの生国ドイツではさほど知られていないという。
これは、日本では、その原詩は全く知られていなくても、上田敏による訳「山のあなたの空遠く、幸い住むと人のいう、ああ、われひとゝ とめゆきて、涙さしぐみ、かへりきぬ」が、あたかも上田敏という日本の詩人が作った作品が、詩として見事に成り立っており、人々に感動を与え、愛誦されているからだといってよいのではないだろうか。
ブッセの詩のように原詩の詩趣は知らないものと違って、漢詩の場合は日本人にとって、その原詩の持つ意味だけではなく、ある程度の詩興をくみ取ることもできる。
それだけに、例えば、于武陵の「勧酒」（花発多風雨 人生足別離 ）の井伏鱒二による訳「ハナニアラシノタトエモアルゾ、サヨナラダケガ人生ダ」のようにこれこそ名訳！と思える訳でもない限り、新たな日本語訳は中々受け入れられ難いところがある。
そんなこともあって、漢詩というと、白文、せいぜい読み下し文を載せるだけで、詩趣の解釈は読者に委ねることが多い。それだけに、現代においては漢詩は、その古めかしさ難解さ故に、若者にとってとっつき難いものになりつつある。
そんな漢詩離れに対して親しみを感じてもらいたい、と果敢に新訳に挑戦した本書は、「ああ、漢詩にうたわれている1000年も前に生きた人々の心は、現代に生きる我々のそれと変わりがないなぁ〜」と思わせてくれる現代感覚の新訳として中々斬新なものだ。
酒、恋愛、四季の花々、時の移ろい、そして人生等々、現代の若者の感性、言葉によって新訳として伝えられると、今から千年前の唐の時代の人々の感性と、全くことなることがないということがよく分かる。
これこそが、漢詩というものがもつ永遠性の証左だと思えてくる。
（14年2月発行）