永続敗戦論 白井聡 太田出版
77年生まれというから戦後30年経って生まれた政治学者による先の戦争の分析には、もちろん戦争を体験した世代、あるいはそういう世代を見て育った我々の世代とは全く違ったものがあるのだなぁ〜と、かなりの違和感をもった。
例えば、靖国神社は、ポツダム宣言を受諾し完全に「負け」を認めた日本がその結果行われた東京裁判で死刑になったA級敗戦を合祀しており、そこに現役の首相が参拝するのはすなわち、日本という国の、東京裁判の否定であり、敗戦の否認になるのだから、戦勝国側が文句をいうのは当然だ、という若手政治学者の論理が展開される。 ここまでの論理は確かに「そういう見方もなりたつかなぁ」とは思うものの、著者がそれに続いて展開する論理、すなわち、だから「靖国参拝は致命的な間違いだ」となると、この人は、「政治学者」というよりは、ある種の自虐史観思想のアジテーターではないかと思ってしまう。
例えば、米軍の日本占領が終わってから日本の国会では度々戦犯に対する恩赦の決議がなされ、さらには51年には共産党を含め国会議員の全会一致で戦犯は「戦死者」と定義され遺族年金などが支払われることになった等の事実を著者は、一方的に無視している。
これらの決議に基づき日本が戦犯全員を釈放したことに、サンフランシスコ講和条約当事国からは一切異論は出ていない。中国などが靖国問題を騒ぎだしたのは、それから30年近く経って朝日新聞などが中国幹部に対して「日本に抗議したらどうですか」とけしかけた結果でしかないということも、著者の論旨の中には一切ふれられていない。
戦争責任は戦勝国、敗戦国にそれぞれある。敗戦国だけが戦争責任を追及されるのは当然だ、という考え方は弱肉強食理論から言って正しいが、我が父母、祖父祖母が恥辱の中に埋もれていることに対して、すくなくとも我々その子孫たちだけでも、彼等の汚名を雪ごうとすることを「間違いだ」とする、価値観を、「政治学」として主張する著者の姿勢は全く納得できない。
著者によれば、尖閣も竹島も、北方四島も、日本の領土主張には、さほどの正当性はないという。これもまた、その論拠は、ポツダム宣言を受け入れ戦争に「完全に負けた」ことを認めたのだから---ということのようだ。
このような講和条件解釈には、戦後70年間続いてきた様々な論争や、解釈を巡っての現実政治の変遷などは一切考慮されておらず。いわゆる朝日文化人的な、「自分の言っていることが絶対的に正しい！」という唯我独尊てき独断と、日本という国の戦後史の全否定、自虐性があまりにも紛々としていて、気分のよいものではない。
確かに、そういう見方もあるだろうという意味では、敢えてこのような論を立てるのは、売り出し中の政治学者としては、一つの手なのかもしれないが---。
朝日新聞辺りは、この手の自虐史観がお気に入りだろうから、著者も今後、そういった方面をスポンサーに、この道で食べていけるとは思うが。
（13年3月発行）