角栄のお庭番 朝賀昭 中澤雄大 講談社
戦後の歴代首相の多くが既に名前すら忘れ去られているという中で（特に近年のコロコロ変わった首相の中には、「そういえばそんなのがいたなぁ〜」程度にしか思い出されない超軽量も多い）田中角栄の名前だけは人々の記憶に強く刻み込まれているといってよいだろう。
彼が首相を務め、金脈問題などで退陣を余儀なくされた時からも既に40年、その後、闇将軍などといわれながら政界に強い影響力を残しながらも、竹下派の分離独立に激怒の余り脳溢血で倒れ死去してからも既に20年が経っているというのだから、角栄と時代を共有した世代は限られるはずだが、まるで織田信長を知らない人々が、いまもその事績を詳細に知っているように、「田中角栄」は今も様々に語られている。
その理由には、やはりその毀誉褒貶はともかく、なにしろ彼が高等小学校卒という学歴であることもものともせず一国の宰相にまでなり上がり、又、その絶頂期に金脈問題などで首相退陣に追い込まれたというジェットコースターのような生涯、そして日中国交回復をはじめとする、エリート官僚や政治家がなしえなかったような大胆な政策を実現した実力政治家であったこと、「人たらし」といわれるような人心掌握術のエピソードの数々など、いわゆる「角栄本」が数多く出版され、それがあたかも講談本を読むようにいずれも「面白い」ということが一番の要因であるように思う。
本書もそんな角栄本の一つと言ってよいが、一番のポイントは、高校時代に角栄事務所にアルバイトとして入り、大学卒業後に角栄の秘書として、角栄とその愛人でありかつ田中角栄の金庫番といわれた「越山会の女王」、佐藤昭のもっとも近いところで仕えた「角栄のお庭番」の語り書きという形になっており、角栄の女性問題、そして佐藤昭、その娘敦子、と角栄の関係―――といった極めてプライベートなエピソードにあふれていることだろう。
あまたいる角栄の秘書それぞれの性格、秘書同士の軋轢、角栄が倒れて以降の田中真紀子と田中派の面々との軋轢、朝賀昭とは兄と妹のような関係であったという佐藤昭と角栄の間にできた娘のもつ、複雑な親娘関係の悩み等々、裏面から見た田中角栄という人物は、たしかに尽きぬほどの興味をそそられる人物であることは間違いない。
（13年12月発行）