旧約聖書の謎 長谷川修一 中公新書
旧約聖書の天地創造の話を真実である、と信じ主張するキリスト教徒がいると聞けば、驚くというか、呆れてしまう日本人は多いと思う。
それは、古事記に書かれたイザナギ、イザナミの国産みの話が歴史的事実だと信じるかのような話であると思うからではないだろうか。しかし、かといって古事記の国産みの話を「全く、荒唐無稽でバカバカしい」と切り捨てる日本人ばかりかといえば、必ずしもそうではなく、この逸話が、我々日本人の文化、歴史の根底のところにある、という事実を認めることによって、日本人という我々自身のアイデンティティーを再確認することにもなるようにも思わないではない。
そういう意味では、旧約聖書に述べられている、様々な逸話も、その成り立ち、なぜそんな逸話が残り、それを人々が長い期間、愛誦してきたのかを考えることが、ユダヤ教やキリスト教の人々の数千年に亘る文化や歴史を理解することにつながるような気がしないではない。
本書では「ノアの方舟」「出エジプト」「ダビデとゴリアテ」など旧約聖書の中の七つの逸話を取り上げ、従来の聖書学、あるいは聖書考古学などがこれらの逸話を、取り上げた方法、すなわち、これらの話は歴史的事実であるのか単なる創作なのか、といった視点、あるいはそういった逸話がどのような経緯を経て旧約聖書に載るにいたったのか、といった点を、ある程度「くそまじめ」に辿ると同時に、「聖書」という宗教の中に取り入れられるに至った当時の人々の、願望や欲望、あるいは意図といったもの、聖書成立時における民衆の思考の成り立ちといったものを類推するという中々、挑戦的で面白い試みがなされている。
イザナギ、イザナミの国産みの逸話も、古事記成立当時の我々の祖先が、どのような生活をし、どのような思考をしていたのかを、類推させるのと同じように、こういった視点から、古代オリエント時代の人々の生活や、思想をあらためて想像できるとしたら---それこそが、旧約聖書という古代の文献を読む真の価値であるようにも思う。
（14年3月発行）