武士道--サムライ社会の文化と倫理 笠谷和比古 NTT出版
東日本大震災という大災害に見舞われた時、世界が驚いたのは「あんな混乱状態にありながら日本人は、略奪などを行わず、整然と食糧配布の列に並んでいた」という事だった―――と聞いて、日本人の多くが世界の人が驚いたことに驚いた。
新渡戸稲造が「武士道」を書いたきっかけは、彼が滞米中に、日本人はそれほど強い信仰を持っていない（神の存在を信じている訳ではない）のに、一体どうやって道徳心を保てるのか？と聞かれたことだったという。
東日本大震災の時の秩序だった行動も、新渡戸が問われた神に変わる道徳基準も、「武士道」という日本特有のモラル基準があることが関係しているのではないかと本書の著者もいう。
セォウル号の沈没事故があった時に、乗客を捨てて乗組員全員が逃げてしまった儒教社会だといわれた韓国と、福島原発に留まって身を挺して、放水作業に携わった原発作業員や、自衛隊員、消防署員がいた日本との違いも、方や「武士道」の考え方がない国、方や「誰も見ていないとしても、みっともない行いはしない」という武士道的なモラルを基本に持つ日本、の違いではないだろうか。
さて、そんな武士道について、そもそも武士道の考え方は、日本において一体、いつごろからどのような形で醸成されてきたのか、更には、「武士道」とはそもそもどのような考え方なのか、といった歴史的な考察を行ったのが本書である。
外国人に対して「武士道」を紹介した新渡戸によって日本人自身も、武士道を学んできたというのが最近の実情だが、本書によると本来的な武士道は、新渡戸の紹介した武士道とはかなり違っている部分もあるようだ。
その代表的な例として挙げられているのが、「武家屋敷駈込慣行」である。これは喧嘩、果し合いの場で相手を討ち果たした者が、近辺の任意の武家屋敷に駈込んで保護を求めた場合、屋敷の主は、これを匿い、追手側からの引き渡しを拒否すべきという「武士道」の慣行のことだ。
忠臣蔵にしても芝居では、仇を追う側が善、仇として狙われる側が悪、として描かれるが、実際の武士道では、喧嘩であれ、敵討ちであれ、相手を討ち果たした方が立派なのであって、そういう立派に武士道を果たした勝者を保護するのは当然だ！という考え方があったというのだ―――。
冒頭にも書いた通り、今も日本人の精神性の根元のところには武士道があるというのは間違いない事実ではあるが、本書のいう通り、「本来の武士道」と現代のわれわれが、本来の武士道精神、だと思っている物との間には、かなりの違いもあるようだ。
（14年2月発行）