ヤマメの魔法

ヤマメの魔法　　　　　湯川豊　　　　　　筑摩書房　

釣りには大きく分けて3つある。海釣り（磯釣り、と船釣りがあるが）、湖沼釣り（じっくり腰を据えて主にフナなどを狙う）は割りと有名だが残りの一つ、渓流釣りは余り知られていないのではないだろうか。

渓流に恵まれた日本ではあるが、まずそこに至るまでが都会人にとってはそうそう容易ではない。（磯釣りや、フナ釣りなどに比べてたどり着くまでが遠い）

渓流に入ってからも沢沿いに、岩だらけの渓流沿いの河原を歩き、時には山道をよじ登り、崖を下って――と魚を求めて歩きまわらなければならないし、木々に囲まれた河岸から竿を降るのも一苦労、頻繁に釣り糸や釣針などの仕掛けが引っかかり、その交換に時間を取られるから、釣りというと一般の人が想像するような「のんびりと釣り糸を垂れる」といったイメージとは程遠い、中々ハードな釣りでありある意味では、気長でのんびりした性格の人には向かない釣りといってもよい。

実は、学生時代の4年間、山登りと並行してやっていたのがこの渓流釣りだ。山登りなら、一応は道があるけれど、渓流釣りの場合、まさに道なき道を自分で切り拓いて渓流を進まなければならないし、自分一人で沢の中で竿を振り、ヤマメやイワナといったまさに野生溢れる生き物との会話をするという意味で、それこそ「自然との一対一の対話」を楽しむには最高の方法だった。

社会人になってから結局、渓流に出かけるだけのまとまった時間を捻出することができずふっつりとこの道から離れてしまったが、今も今から50年近く前に渓流に入って過ごした最高の日々を懐かしく思い出すこともある。

学生時代の渓流仲間の中の何人かは、今も渓流を楽しんでいる者もいるし、リタイアしてから再び本格的やりはじめたという人もいるのだが――――。

本書の著者は、文芸評論家を本職としながら、渓流釣りの魅力に取りつかれた人であり、本書では、実に美しい文章で、渓流釣りの魅力を語ってくれている。

その中には、渓流釣りの本来の魅力である山奥の清流でイワナやヤマメと一対一で交わす対話の楽しさ、全身で感じる自然の囁き、といったものだけではなく、渓流仲間との心の触れ合いといった渓流釣りが与えてくれる人生の歓びが、にじみ出ている。

著者自身の渓流釣りエッセーばかりではなく、古今東西の渓流釣り好き文芸人による渓流の魅力を伝える作品の紹介などもあって渓流釣り経験者にとっても、未経験者にとっても楽しめる一冊だ。

タカさんが渓流釣りをやっていた半世紀も前には、ミミズや川虫などのエサで釣る「餌釣り」、もしくはリールのついた竿を使った毛ばり釣りである「テンカラ釣り」が主流だったが、本書で著者が採用しているのはイギリス起源といわれるリールをつかわずロッドを振る「フライ・フィッシング」である。

ブラッド・ピット主演の「リバー・ランズ・スルー・イット」でその魅力がいかんなく見られるので、是非この映画を見て欲しいが、技術的にはかなり難しい釣りでもある。

渓流釣りの魅力プラス、日本人が好きな「技術の習得」も必要、ということだから、著者が魅力益々引き込まれあたかも「ヤマメの魔法」にかかってしまっているかのようになっていることが、なんとなく理解できる。

（14年㋃発行）

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