カムイ伝講義 田中優子 ちくま文庫
全共闘運動の最盛期に学生時代を過ごした世代にとってあの時代の思い出とともに浮かんでくるのは月間漫画誌「ガロ」に連載されていた白戸三平や、つげ義春の作品ではないだろうか。
特に、白戸三平の「カムイ伝」は江戸時代の被差別民の生活を描いたもので、反権力という軸において多くの全共闘にシンパシーを感じる学生たちが愛読していた作品だった。
71年にカムイ伝の連載が終了すると同時に、全共闘運動も「ガロ」人気も一気に下火になり、その後全共闘世代のほとんどが企業戦士として体制の歯車となっていったように、「カムイ伝」自身も忘れられた存在になっていたように思うが、本書を読んでつい最近まで、他誌などで「カムイ伝」は細々ながら連載されていたことを知ってちょっと驚いた。
江戸社会文化の研究者である著者は、この「カムイ伝」を教材として授業を行ってきたという。
全編が史実に基づかないという訳ではなく、ある程度は、資料に基づいて描かれたであろう「カムイ伝」だが、もちろん漫画の性質上、誇張や省略なども多いだけに、「カムイ伝」を基にしての文化史研究、というのでは「ベルサイユのバラ」を教材にしてフランス革命史の研究をする、ようなものになってしまうことは、著者もよく分かっており、この講義は、「カムイ伝」をあくまでも、江戸の風俗史、文化史を研究のとっかかりとして使うという形になっており、授業の生徒、および本書の読者を、著者の研究分野へ誘導するという意味では極めて効果的である。
カムイ伝自身の大きなテーマが江戸時代の「被差別民」であっただけに、本書でも被差別民の従事した職業、皮革加工や処刑といった部分詳しいが、その他にも、江戸時代の武士の暮らし、漁民の暮らし、綿花栽培、一揆の実態、子供や女たち、といった民俗学的部分の研究は、一般読者にとっても「江戸時代の薀蓄」という意味で興味を引く部分が多い。
（14年5月発行）