生殖医療はヒトを幸せにするのか 小林亜津子 光文社
今日本の既婚女性の7人に1人が不妊に悩んでおり、実際に1年間で推定46万人が不妊治療を受けているという。その結果、近年では、新生児の37人に1人は人工授精によって生まれているといわれる。人工授精が神の摂理への冒涜である、といった議論があってからわずか50年余りで、いまや人工授精は、薄毛に悩む人が植毛を受けるのと同じような、「悩み解消」のための医療技術になっている。
人工授精は、ほんの序の口であって、日本ではまだ様々な制限のある生殖医療だが、世界的には、卵子凍結保存、精子凍結保存、あるいは代理母、デザイナーベビー等々、といったとめどない技術の発達によって、既に、「子供は男女の自然な性行為」によって生まれる、といった制限は、もはやなくなっているといってもよい。
アメリカでは、優秀な大学生が、小遣い銭稼ぎのために提供した精子の人工授精から800人もの異母兄弟姉妹が生まれたという例もあるし、代理母が生まれた子供を契約した父母（遺伝子上の実親）に引き渡すことを拒否した事件が起こるなど、その技術の発達に、既存の法体系、生命倫理が全く追いついていないというケースが頻発しており、そういった複雑なケースは今後も益々増えていくものと思われる。
本書ではそういった生殖技術の現状とともに、そのような生殖技術によって起きる様々な問題を取り上げており、その解決策が示されている訳ではないものの、問題提起の書としては大いに参考になる一冊だ。
一番印象に残ったのは、このような生殖技術が、多くの「不妊で悩む親たち」の解決策として発展し、実際に、卵子や子宮、精子を失って尚且つ、子供を欲する人々の悩みの解消には繋がってはいるものの、そのよう生殖技術によって生まれてきた子供たちにとっては、自分の半身が奪われている（精子のドナーが明らかにされていない人工授精によって生まれた子供や、代理母の卵子とドナーの精子で生まれた子供）といった喪失感という新たな悩みの下になっている、あるいは、成長して実は自分は育ての親たちとは血のつながりがないと知った人の、アイデンティティーの欠落感をどう補うべきかという問題が残っているという本書の指摘だ。
そうはいっても、ここまで進んでしまった生殖技術を、全て無しにしてしまうことなどできる訳もない。解決策のない技術をどんどんと発達させることが、本当に人類に幸せをもたらすものなのだろうか。植物状態になっても尚、生き続けることが、はたして幸せなのかという問題同様に、生殖技術が、あまりにも倫理問題をないがしろにしたまま発達し続ける現状に、一種の恐怖を感じないではない。
（14年3月発行）