鸚鵡籠中記 朝日文左衛門 雄山閣
朝日文左衛門は今から300年前、元禄、宝永の時代に尾張名古屋藩に生きた下級武士だ。彼の役職はお畳奉行という、なにやら偉そうなものだが、石高は100石、今のサラリーマンでいうならば総務課長位にあたるらしい。
そんな彼が17歳の時から、死の前年までの26年間に書き綴った日記が本書、鸚鵡籠中記である。
武士の日常がどのようなものであったのか、彼の趣味は、家族関係は――等々、この日記が、公的なものでは全くなく、全編、彼が筆の向くままに書き殴ったプライベートな日記であるだけに、赤裸々に描かれており、貴重な歴史的資料ともいえるものだ。
武士の勤務は月に3日程でしかなかったという。弁当時間に酒を飲むこともできたという今でいうならかなりユルーイ勤務だったようで、そんなこともあってか、彼は、かなり暇を持て余していたようだ。よく酒を飲み、飲み過ぎては翌日、大いに反省をする――など、現代のサラリーマンと余り変わりないのがおかしい。
26年にも亘って書かれていることもあり、若き侍である彼は、最初の妻が身ごもって女の子を産むころは、妻の身を案じ、おろおろと赤子の出産を待つ、現代の若者と同じ中々ナイーブで家庭的なやさしさにあふれている。
当時の武家にとってその家を継ぐことが最重要の使命であったが、朝日文左衛門は、中々、世継ぎとなるべく男児に恵まれなかった、そんな理由もあったのか、はたまた、彼が天性の女好きだったからなのか定かではないが、30近くになると、日記には妻以外の女性の名前が出始める。
下女に子供を生ませるなど、女性関係は結構お盛んだったようで、そんなことからか、最初の妻は文左衛門の下を去っている。（離縁後には最初の妻の消息など一切記述がないが、長女の誕生前後の彼の新妻への労りの気持ちなどを考えると、その離婚をめぐって、かなりの騒動があったのではないか――等と想像が膨らむ）
日記には、日常の雑事、世間の噂話、藩内や、幕政の人事などの記述も頻繁に見られるが、彼自身の趣味、特に芝居や浄瑠璃についての記述は多い。
特に芝居好きだったようで、大阪に公用出張で行った際には、公務はほったらかしで芝居小屋に通いつめたりもしているし、そういった記述も多い。
又、現代人の日記と同じように江戸を中心に起きた事件、あるいは災害の情報も記述されていて、中には赤穂浪士の討ち入りや、富士山の宝永噴火の記事なども、それほど日をおかずに記述されている。当時の情報伝達のスピードはそれなりに早かったようだ。
江戸時代の武士の食事がどのようなものであったのかとか、風俗史資料としても貴重だし、なにしろ歴史トレビアものとして抜群に面白い一冊だ。
（03年8月発行）