春楡の木陰で 多田富雄 集英社
2010年に亡くなった世界的な免疫学者である著者の随筆集だ。
著者は亡くなる迄の最後の10年間は、脳梗塞の為に半身不随となり、声も出ず病床で苦しむ生活だった。
本書は、そんな状態で病床にある彼が、奥さんの手をかりながら、若き研究者としての過ごした60年代の米国デンバーでの日々の回想が前半部分、そして後半は、半身不随となって病床で思う自らの人生の回顧がメインになっている。
特に前半のデンバーでの日々についての回想は、著者より約10年遅れで、アメリカで日々を過ごした自分にとっては、不思議と共感できる部分が多く、引き込まれた。
自分がSFで過ごした70年代にも、本書に登場するチエコさんと同じような「戦争花嫁」がいた。
周囲の反対を押し切って米兵の妻となって渡米したものの、夫は日本で聞いていた話とは大違いの貧しい、無教養な男に過ぎず、結局は子供を抱えて離婚するものの、日本の親兄弟から絶縁されていることもあって、意地でも帰らないで、アメリカの場末の酒場で働いているというチエコと同じような境遇の女性は少なくなかった。
日系人社会からも白い目でみられているそういった「戦争花嫁」の生活は、過酷であり、現代のような「ダンナさんは、外国人！」などという国際結婚ブームとは全く異質なものだった―――。
全編を通じて、半身不随で病床にありながら思い出す、若き自分の懐かしい日々が、美しい文章で綴られていて、なんとも心にしみる。
（14年5月発行）