瓜子姫の艶文 坂東眞砂子 中央公論新社
今年1月舌がんの為55歳でなくなった作者の遺作が本作であるという。他の作品を読んでいないので著者紹介などで知ったことなのだが、日本の民間伝承や民話などに基づいた怪奇的な物語によって女の性や業などを描き出す作家だったとか。
この作品で使われているのは伝承は二つ。
一つは「瓜子姫」の物語、もう一つは江戸時代に何度か起きた「抜け参り」といわれる伊勢神宮参拝の大ブームである。
「瓜子姫」の伝承は、山から下りてきた天邪鬼が、瓜から生まれた女の子である瓜子姫を殺してその姫に化け、殿様に嫁入りする、という話であり、「抜け参り」とは、突如、伊勢参りの大ブームが起きて、一説では200万とも300万ともいわれる人々が、突然、日常の暮らしを捨て、乞食同然の姿で伊勢参りにおしかけたという集団パニック騒ぎのことだ。
松坂の木綿問屋の女将・りくは、夫の亥右衛門宛ての遊女の生々しい艶文を見つけて動揺を隠せない。亥右衛門に艶文を送った遊女伽羅丸は、幼い日の記憶を失っていて捨て子同然に育てられ、遊女となった身だが、いつの日か、亥右衛門の正妻となって木綿問屋の女将となることを夢見ている。
16年という月日を経て再び起きた抜け参りの中、以前の抜け参りの時にこの伽羅丸とりく、そして亥右衛門たちの間に起きたことが、そして伽羅丸の失われていた幼い日の記憶が一気に蘇ってくる。
この16年後の大きな出来事に向けて、本書の前半2/3は、遊女達のあわれさ、あるいはその性を描き、又、閉塞した日常からの突然の蒸発ともいえる抜け参りに狂乱する人々を描いてぐいぐいと引き込んでいく。
物語は、後半に至って伝奇性を深め、また、ミステリー的な展開もあって中々面白い。
惜しい作家を亡くしたものだと思う。
（14年5月発行）