「自分」の壁 養老孟司 新潮社
まだ40代だったころ、会社の先輩の一人が、「自分を見つめなおしてみたい」といった台詞を残して辞めていったことがあった。「自分探し」なる言葉が、その頃なんだか妙に流行っていたこともあってこの先輩の気持ちも理解できないではない、といった同僚も幾人かはいたのだが---。タカさんとしては、「50代にもなって、中学生ではあるまいし何が自分探しだ！」と先輩の甘さに少々いらだったことを思い出す。世の中に、「自分」というものが本当に隅から隅まで分かっている人なんている訳がない！と思ったからだったが－－－。
本書を読んでいてそんなことを思い出したのは、著者の主張が、まさにかつてタカさんが思ったのと同じ趣旨だったからだ。
盛んに「個性」を持つこと、「個性」を主張することが推奨されているが、個性なんて人間皆一人一人、自然にもっているのだから、そこであらためて「本当の自分」やら「自分らしさ」を探してみて一体何になるのか？自分が他人と違うところを探す位ならば、自分の他人と「同じところ」を探した方がよいに決まっている！ という著者の主張は、ひどく画期的な指摘のようにも思えるが、かつてタカさんが先輩に言いたかったアドバイスと同じものである。
「バカの壁」の大ベストセラー以降、著者のこの手の、ちょっと斜めからみた人生論の人気は高く、本書もそんな二匹目三匹目のドジョウ、狙いの1冊でもあるが、中々痛快だ。
もっとも、他の著書同様に、本書も「語り下し」の一冊ということであり、かなりの部分、編集者の手が入っているようにも思えて、本の作り方としては、余り好きになれない面がある一冊でもあるが。
（14年6月発行）