ローマ帝国の崩壊 B・W・パーキンズ 白水社
「ローマ帝国はなぜ崩壊したのか」あるいは「ローマ帝国はどのような過程を経て崩壊していったのか」、歴史研究者ばかりではなく単なる歴史好きにとっても実に興味の尽きない課題である。
近年のローマ史研究は、ゲルマン民族の大移動に伴いローマ帝国が徐々に「変容」を遂げ、それが結果的には「ローマ文明の崩壊」のような形になって歴史を作ってきたのだ―――という「ローマが崩壊したのではなく現代ヨーロッパの礎となるべき変容を遂げたのだ」といった、「ローマこそユーロのゆりかごファンタジー」的な解釈にかなり傾いているが、本書はそんなローマ史研究の現状に真っ向から異論を投げかける。
著者は、「栄えたものは必ず滅びる」という無常観的歴史観にも反対する。
著者によれば、ローマ帝国は、「五世紀最初の十年間」に一気に崩壊したという。この時期までに、ローマ社会は複雑で高度に専門分化していたために、周辺民族の侵入による部分的なシステム破壊によって、全体のシステムが機能不全に陥り一気に石器時代レベルにまで破壊されてしまったのだという。
例えば、ローマ時代における一地方の民家の建築にあたっては発達した道路網によって遠い地域から運ばれてきた建材が使用され、金属の精錬や、堅牢な建築を作るための技術は、特殊な技能をもった職人集団によっておこなわれ、広域にわたる貨幣経済の発達は、都市中間層を生み、そういう人々の中から高度な文芸作品が生まれる---という循環があったのだが、こういった高度な文明は、ある一部が破壊により機能しなくなれば、全体が死んでしまうということも起こりうる。
ローマ帝国で5世紀初めに起きたことはまさにこういうことなのだと、著者は具体的な資料を掲げて激しく説く。
学会では異端の説であるらしいが、中々に説得力のある魅力ある説だ。
現代文明が高度に発達したものであっただけに3.11のような大災害によってそのシステムの一部でも失われれば、全体のシステムが危機に瀕してしまう―――という経験をしたばかりの我々にとっては、思い当たる節もある説だ。
イスラム原理主義に戻れと叫び、中世以前のイスラムへの回帰をさけぶイスラム国が、現代の文明を破壊し彼等の理想を遂げるような事態にいたれば、ローマ崩壊後、西洋文明が再びローマ文明レベルに戻るまで約1000年を要したことを思い出せば、我々の文明が取り返しのつかない崩壊に至るというシナリオもかんがえられるかも―――。
そんな読後感をもった1冊であった。
（14年6月発行）