悪童日記 アゴタ・クリストフ 早川書房
アゴタ・クリストフはハンガリーで生まれ1956年にはハンガリー動乱を契機にして母国を離れスイスに亡命し2011年に75歳で亡くなった女流作家だ。
1986年に母語ではなく亡命後に習得したフランス語で書いた本作品が処女作であり、以後、第二次大戦の戦乱に巻き込まれ戦後は社会主義体制下に組み込まれた母国、ハンガリーでの体験などを題材にした作品で知られている。
この「悪童日記」もどちらかといえば流暢とは言えないフランス語で書かれたということもあって、却って主人公である双子の兄弟の一人称複数形（ぼくら）で描かれるストーリーに何か寓話的な雰囲気を与えるのに役立っているように思う。
戦乱の中で混乱を逃れる為に田舎の母方の祖母に預けられた「ぼくら」による日記という形で物語は進むのだが、文章的にはなにか童話、寓話のように語られる物語の内容は、実に冷酷で、極めて赤裸々な人間たちの本性、欲望、残酷さといったものが語られる。
そんな現実が、「ぼくら」の目からは、極めてドライに語られ、そんな冷徹な視点ゆえに、殺し合い、欲望をあらわにする大人たちの姿が、ユーモラスに浮かび上がってくる。
ナチスドイツに侵略され、ソ連によって「解放」されながらも、それが次の時代における社会主義国への服従を強いられる運命への入り口であったというハンガリーの現実の歴史を背景にした物語としているだけに、時にはユーモラスにさえ思えるこの物語の、底知れない恐ろしさになんだかぞっとするところもある不思議な物語である。
この悪童日記には続編もあり、3部作で完結しているという。早速、続編を読みたくなる強烈な読後感のある一冊だ。
（01年5月発行）