「無」の科学 ジェレミー・ウェッブ SBクリエイティブ
仏教でいう「無」にしても、ビッグバン理論でいう宇宙の起源にあったという「無」にしても、「無」は実に多方面で言い尽くされてはいるものの、その本当の意味を我々は理解しているとは言い難い。
インドで始まったという数字「ゼロ」にしても、長い間、これは悪魔の数字として西洋では禁じられていたというではないか。
しかし、仏教の「無」にしても宇宙起源論でいう「無」、あるいは数字のゼロにしても、「無」は実はこの豊饒な現実世界を支える土台にあり、「無」がなければすべてが存在しない、とさえ言ってよいほどの重要なものだ。
本書は、そんな汲めども尽きない「無」に関する25編のエッセーが集められたアンソロジーである。
書き手はいずれも現在一線で活躍中のサイエンスライターであることもあって、どれも読み易く、難解な概念である「無」について実に分かり易いものばかりだ。
もっとも幾人ものライターが「無」というお題を与えられて気ままに書いたということだからなのか、ジャンルがかなり多岐にわたり過ぎているきらいはあるが、それはそれであらゆるところに潜む「無」という豊饒な世界を教えてくれているという面ももっている。
ビッグバン理論を、（ビッグバン以前の宇宙は「無」であった、すなわち、「有」は「無」から誕生した）という理論なのだ！という、中途半端な理解をしていたけれど、実は、そんなエネルギー保存則に反するようなことが起こったと言っているのではなく、円錐の頂点の上にはなにもなく、突然、円錐が現れるのと同じことが、ビッグバンの初期を説明するのにもっとも分かり易い説明なのだ―――と聞いて、積年の疑問が一気に氷解したような気持ちになれただけでも本書を読んだ価値はあったと思った。
ビッグバンによって時間も空間も始まった―――すなわち「ビッグバン以前には時間はなかった」という意味も、この円錐の理論をつかえば理解できる。
こうなってくると、時間の始まりについての理論があるならば、果たして何兆年後には「時間の終わり」があるのだろうか。本書では最終章でそういった問題にも触れており、実に興味深い。
(14年7月発行)