久生十蘭短編選 川崎賢子選 岩波文庫
久生十蘭が没してから既に60年近くになる。
「多面体作家」とか「小説の魔術師」ともいわれた十蘭だけあって、その作品ジャンルは、推理小説、歴史もの、現代物やユーモア小説等々、実に縦横無尽であった。
本書にはそんな十蘭の短編が15編収録されている。
多作な作家だっただけに、その多くの作品の中からの15編ということであれば、多分えりすぐりの傑作選ということなのだろうと思って手にとってみて、なるほどと感心するような作品ばかりではあったが、それでも「短編の十蘭」の紹介記事などを読む限り、まだまだ本書には取り上げられなかった多くの傑作があるということらしいから、久生十蘭という作家は、一体、どれほどの才能をもっていたのだろうと感心させられた。
只、それほどの名人の割には死後、半世紀でほとんど忘れられた存在になっているのは不思議な気がする。（没後、100年近くが経っても、残った鴎外や漱石がいかにすごいかということではあるが）
それともう一つ感じたのは、現代の小説との文体の違いだ。作品ごとに十蘭の博覧強記ぶりがうかがえるように様々な文体が使われてはいるが、総じて、やはり昭和初期あるいはもう少し古い時代の香りが強くのこる文体、そして取り上げる題材の奇異さ加減が、なんとなく鴎外であったり、江戸川乱歩であったりする、なんとも懐かしい雰囲気を漂わせている。
15編の中でも、「黒い手帳」「白雪姫」「猪鹿蝶」「母子像」といった作品の斬新さは現代においても十分通用するどころか、時代の最先端を行っているようにも思った。
(09年5月発行)