老いの楽しみ 沢村貞子 ちくま文庫
沢村貞子が亡くなってからもう18年も経つ。
彼女は、明治41年浅草生まれ、父は狂言作者、兄が沢村国太郎、弟は加藤大介、甥に長門裕之、津川雅彦兄弟がいるというまさに芝居者の名門の環境にいた女優であり、その凛とした居住まいはいかにも明治女、気風のいい江戸っ子の雰囲気を漂わせていたが、上祐としても、その居住まいさながらの貴重な個性派として数々の作品に名脇役として出演した。
いくつもの随筆、エッセーを残したが、その人となりが醸し出す、芯の強い江戸っ子の明治女らしい文章も随分と好まれたものだった。本書もそんな沢村貞子らしい実に心地よい随筆である。
本書は、彼女が女優業を引退し、5つ年下の夫との静かな日々を送っていた85歳頃に書いた文章が集められているが、間もなく人生の終末を迎えるであろう老夫婦がひっそりと寄り添って穏やかに過ごしている日々が、なんとも味わいのある文章で綴られている。
身の廻りを徐々に片づけ、なるべくシンプルにしていくという旅立ちへの準備の日々―――というとなんだか寂しそうにも思えるのだが、彼女の日々はそうでありながら、全く寂しさなどない。
大欲が無い者同士の老夫婦が、その老いに相応な物を食べ、好きなことをやって暮らしている様子は、むしろ、実に楽しそうにさえ思えてくる。自分もこんな老後の心境を持ち、日々を暮らせたら―――と思う。
若き日の思い出なども実に頃よく描かれ、随筆あるいはエッセーのお手本ともいえる一冊である。
(14年8月発行)