意識をめぐる冒険 クリストフ・コッホ 岩波書店
「時間」について「誰も私に尋ねなければ、私はそれを知っている。私に尋ねる人に説明しようとすると、私はそれを知らない」という名言をのこしたのは聖アウグスティヌスだが、この名言の「時間」を「意識」に変えても全く同じことがいえるのではないかと思う。
「意識」とは一体、何なのか、どこにあるのか等々古くから人々は考え続けてきているが、その明確な答えには至っていない。
それは「意識」は「時間」同様に、だれもが、それを客観的事実として捉えられず、あくまでも主観的なものであるからではないだろうか。それこそがまさに聖アウグスティヌスがいうところの、「あることは知っているが、説明できない」というジレンマなのではないだろうか。
デカルト的な還元論を用いれば、「意識」は脳内に於ける脳神経間の電気信号であるといいきることができるかもしれないし、あるいはこれから数百年先には、その脳内のどうゆう電気信号の組み合わせが「意識」なのかが、解明されるような時代がくるかもしれないが、それでもなお、それは意識の起こる仕組みが解明された、というだけであって「では、一体全体、意識とは何なのか」という根源的な疑問の答えにはならないことは明らかだ。
「意識とは何か」という問いかけは、常に堂々巡りを繰り返す無限の迷路のようなも---と思わないではないそれは、「無限の先には何があるのか」という問いと同じようなものなのではないだろうか。
著者、クリストフ・コッホは、DNAの二重らせん発見でノーベル賞をとった故フランシス・クリックと共に、「意識」について研究者として第一線をいく神経科学者だが、著者自身、本書の中で「意識」についての脳科学的研究を続ける中で、幾度もそういった「意識とは何か」という根源的な命題に引き戻されると語っている。
本書はそんな意識論第一人者としての彼が、今までの研究生活の紆余曲折を語り、又、現在のこの分野研究の到達地点を一般向けに語るとともに、彼自身の研究生活や友人関係、家族関係の思い出についても述べられており、科学書であると同時に自叙伝的な要素もあり、「意識」という伏魔殿への魅惑的な入門書ともいえるものであって、大いに楽しめる一冊だ。
(14年8月発行)