死刑執行人 ジョエル・F・ハリントン 柏書房
16世紀後半から45年間に亘ってドイツのニュールンベルグ市の死刑執行人として400人以上の死刑を執行したフランツ・シュミットの日記といういわゆる「奇書」を基に、当時の社会状況を浮き彫りにした本書もまた、「奇書」といってもよいのではないだろうか。
当時の死刑の方法には色々なものがあり、最も温情ある執行方法（？）は斬首であったという。
絞首刑を言い渡された死刑囚が「恩赦」によって斬首刑に変更されたことに、涙を流して「感謝した」という記述を読んで、フランスではつい最近までギロチンが「もっとも人道的な処刑方法」として採用されていたという事実のルーツはこの辺りにあるのかと思い当たったりもした。（ちなみに日本の死刑は絞首刑によるが、諸外国の、銃殺や電気椅子、ガス室や薬物注射にくらべて「残酷だ」という非難があるというから、この辺りの感覚もその起源は16世紀辺りから変わらないということなのだろうか）
当時の死刑執行人は、死刑の執行（いわゆる首切り役人）だけではなく、拷問などを駆使して取り調べも担当したし、死刑の執行方法の変更を提案するなどして司法の遂行においても一定の役割を担っていたしさらには、職業柄、人体に詳しいということから、副業で外科治療なども行っていたという。
そういう意味では、死刑執行人は、行政にとっては必要不可欠な職業であるだけに、かなりの高給を与えられ（広い住居も与えられていたし、大過なくキャリアを終えれば多額の年金も与えられた）ており、フランツ・シュミットは、経済的には十分報いられてはいたのだが、その一方、屠畜業などとおなじように、その職業柄に伴う差別から免れることができなかった。
フランツ・シュミットが詳細な死刑執行日記を残した理由は、自分がいかに、市のために与えられた死刑執行という役割を誠実に果たしたかを記録として残し、時の皇帝にシュミット家の子々孫々にまでこの被差別者としての不名誉をぬぐいさり、名誉回復を認めてもらうことにあったという。
どのような罪を犯したものが死刑になったのか、という詳細な記述はまさに16世紀のドイツ社会を鮮やかに映し出す「事件簿」であり興味は尽きないが、それと同時に、さあ、フランツの一生をかけたこの名誉回復願望は、一体どのような結末となったのか―――といった後日談も一つの大きな大河ドラマのようになっていて興味深い。
本書に書かれた当時のヨーロッパ社会の治安状況、あるいは今もかわらない様々な犯罪事情といった点のいずれもが中世のこの世界に飛び込んだかのような迫力に満ちており、実に面白い一冊だ。
(14年8月発行)