生物学個人授業 岡田節人 河出文庫
民俗学という学問がある。ところがそもそも民俗学とは何ぞや、という定義になるとこれが実に多岐にわたり過ぎて何とも分かりにくい。宮本常一と柳田国男の民俗学では随分違うし、中には民俗学といっても民族学、あるいは文化人類学の領域のものまで一からげにした解釈もなりたつ。
民間伝承、昔話の類の研究が民俗学だという解釈もあるけれど、そうなると、本当にこれって学問なのか？と思わないではないものもある。
そういう意味では生物学もその範囲が余りに広すぎて、そもそも生物学とはどんな学問かと定義することは無理なのではないかと戸惑いを感じないではない。
植物や動物の新種を発見する、それらを分類する、のも生物学だろうし、遺伝子、DNAの仕組みや、植物の光合成を研究するのも生物学だし、「そもそも、生命とはなにか」などというある種哲学的な探求にしても広い意味では生物学だ。
考えてみれば、この雨中には無生物と生物しかない（？）のだから、その内の「生物」を全部十把一からげに研究する学問、という「生物学」なるものが余りにおおざっぱ過ぎるような気がしないではない。
そんなことを思ったのは、本書の著者というか、聞き手の漫画家（？）南伸坊に対して「生物学講義」を行う、「この道の権威」だという生物学者、岡田節人先生の「生命とは」「生物とは」に関する「言い切り」「断定調」の言い方に、いささか反発を感じたからだ。
南伸坊の問いかけ、疑問は中々興味をひかれるものが多い。たとえば、切り離した切片が切片ごとに再生して増殖するプラヌラは生物学的には一つの命であるという話から、DNAが全く同じである一卵性双生児には「命はいくつあるのか」という問いかけをする南伸坊に、「生物学的にはその二人の命は一つ」と断言してしまう先生に、「生物学の限界」を感じてしまうからだ。
ザピーナッツの一人が亡くなって、もう一人が生存している――という事実からすれば、「生物学的には---」という答えが、「生物学とはなんと役に立たない学問なのか」と自ら吐露しているようなものではないだろうか。
聞き手の生物学に対する数々の興味は、中々面白いところがあるが、先生の答えは、「科学研究成果ではこうなっている」という薀蓄としては、確かに為になるものの、生命とか、生物っていう奴は、そんなに機械的に（デカルト的に）割り切って理解できるものなのか？という疑問が絶えず頭を離れない。
面白い、面白くない、でいえば面白い本なのだとは思うが、生物学をこういった扱い方で終始語ることに、最後までなじめない一冊であった。
(14年8月発行)