蟻地獄 板倉俊之 リトル・モア
お笑いコンビ「インパルス」のメンバーでこのコンビのネタを一手に書いてもいるのがこの小説の作者、板倉俊之である。
読み始めから、どうしてもお笑いタレントが書いた本という意味で一連のタレント本的な、未熟な作品ではないかという先入観が強かったけれど、どうしてどうして、430頁余りの堂々たる長編ストーリーを破たんなく取り纏め、しかも、ストーリー中に巧妙に仕掛けた幾つもの伏線を、すべて見事に収拾していくというのだから、ある意味では、「エンターテイメント小説の鬼才現る！」といった感さえ受けた。
19歳の主人公幸次郎は、いわゆるニート生活中。友人の修平とともにパチプロでどうにか収入を得て、家にも月7万円を生活費として入れている。
そんな二人が闇カジノのブラックジャックでいかさまを仕掛け大儲けを企むもののそれがバレてしまい、カジノの主催者に5日以内に300万円を支払わなければ、人質にとった修平の目玉と内臓を取って売り払う、と脅される。
万事休した幸次郎が考えたのは、集団自殺をしようというグループにもぐりこみ、彼等の死体から目玉をくりぬいてきて現物で300万円を調達しようというものだ。果たして、幸次郎の目論見は達成できるだろうか―――。
出だしから、闇カジノでの緊迫したヤクザとのやり取り、青木が原の樹海に死体をもとめて分け入る主人公、臓器売買の闇ルート、集団自殺サイトでの自殺志願者同士のやりとり、といった具合に猟奇的な世界が描かれるが、普通の家庭で育った（どこにでもいるような）ニートの19歳である幸次郎と修平の、どこか楽観的で、傍から見ると間抜けでユーモラスなところもあるコンビの描写が、インパルスの漫才をみているような感覚もあってエンターテイメント的に面白いし、ストーリーのテンポも実に軽快だ。
5日間という期限設定の中で進むストーリーは、サスペンスドラマ的な要素があるし、ところどころに、そして最終場面に仕掛けられているどんでん返しも、なかなかよく仕組まれていて面白い。一気に読み通した。
作者は、タレント活動の傍ら2年半、2000時間をかけて本書を書き上げたというが、是非、次作を読んでみたいと大いに期待が膨らむ「作家」誕生というところだろうか。
(12年4月発行)