イチョウ奇跡の2億年史 ピーター・クレイン 河出書房
ロンドンに駐在していた時、ロンドン郊外のフィンチェリーというところに住んでいたのだが、街路樹にイチョウが並んでおり秋の黄葉がいかにもヨーロッパの秋を感じさせると感傷にふけったものだったが、そのイチョウがなんとわずか300年程前に長崎の出島を通じてヨーロッパにもたらされた日本のイチョウの子孫であると聞いて驚いたものだった。
イチョウは2億年以上前からその姿を変えず今もそのままの形で生きている「生きた化石」であるという。その最盛期には世界各地に繁茂していたが、その後の何度かの生物の大量絶滅期を乗り越えたのは、現在種の1種のみであるという。
現存種も気候変動や、他の被子植物との競争に敗れるなどしてその生存域を減らし、長い時間、絶滅寸前にありわずかに中国南部で生きながらえていたにすぎなかったのだが、人類がこの木の持つカリスマ性や宗教性からか、10世紀頃から栽培するようになり、葉と種子の薬用性などもあって15世紀には日本に伝わったらしい。
日本でも愛され神社仏閣をはじめ広く栽培されたイチョウだが、17世紀に長崎の出島を訪れたオランダのケンペルがヨーロッパに持ち出すや、かの地でも、たちまち人気を博し、それ以降、世界各地で栽培されるようになったという。
すなわち、いまヨーロッパや北米で愛されているイチョウはすべて日本経由で移植された株の子孫という訳だ。
雄株と雌株があり有性生殖を行うと同時に、挿し木等でも簡単に増え、公害などにも強い（従ってよく街路樹として植えられることが多い）等、生命力に溢れたイチョウだが、一説によれば、人類が滅びてしまえば有性生殖もままならないし、挿し木をしてくれる人もいないし、ということでイチョウもまた絶滅するのではないかともいわれているという。
そういう意味では、20数種類もいたホモ属の中からたった1種生き残ったホモサピエンスの我々と、数億年の間にたった1種だけ生き残った現存種のイチョウは、お互いが支え合ってこれからも一緒に生きていく運命にあるということなのかもしれない。
色づいたイチョウを愛でに神宮にでも出かけてみようかと思う。
(14年9月発行)