いま生きる「資本論」 佐藤優 新潮社
共産主義思想の原典のように捉えられているマルクスの資本論だが、本書で佐藤優が述べているように日本共産党の幹部ですらこれを完全に読んだ者はいないのではないかとも思えるほど実はあまり読まれていない名著（？）でもある。
その一番の理由は、そのとっつき難さであり、言葉の定義の説明が延々と続き、さらにその説明の為の説明が何重にも積み重なる、といった天才マルクスならではの難解さにあるようにも思う。
経済学部生であった当時、マルクス経済学は既にその人気はかなり下火であり、当時一斉を風靡していたのはケインズ学派による近代経済学といわれる流れであったが、マル経にも近経にも限界を感じてしまい経済を専攻したことを悔やんだものだった。（結局、選んだのは労働経済だったけれど、まあ、こちらの方がマル経や近経よりは大分面白かったが、経済学として役に立つような代物ではなかったような気もするが。）
佐藤優による、1回90分計6回の「資本論」講義録である本書は、その難解といわれるマルクスの3部構成からなる資本論(岩波版では9分冊)を、一応曲りなりにも最初から最後まで9時間の講義でさらってしまおうというのだから、かつて資本論に挑戦して挫折、あるいは放棄してしまった人、あるいは、一からマルクスの思想体系に触れてみようという人にとっては、中々有意義な入門ガイドともいえるのではないだろうか。（多分、多くの人は、ガイドブックを読んだだけで十分であり、いまさら資本論に触れてみようとは思わないかもしれないが）
資本論はマルクス自身が書いたのはその第一巻のみで残り（岩波でいうと後の7冊分）はマルクスの手稿などをエンゲルスが再構成してまとめたものだということを本書ではじめて知った。(ドイツ語で読めば文体の違いではっきりと分かるのだとか)
また、よく言われることだが、マルクス自身が資本論で述べようとしたのは、資本そのものの本質についての哲学的、かつ科学的な分析であるが、エンゲルスあるいは後のレーニンによって、そのマルクスの思想に基づけば必然的に社会主義思想が生まれるという発想、すなわち「マルクス主義」が生まれたことも、この資本論そのものが前半（というか出だしのほんの一部）とそれに続く部分が、マルクスとエンゲルスという二人の異なる考え方の人間による合作、合冊によるものなのだということが、「資本論」がすなわち「マルクス主義」とはその論旨において異質のものだという大きな原因になっているようだ。(イエス・キリストはキリスト教徒ではなかったのと同じ事か）
佐藤優が本書を通じて言わんとすることは、ソ連邦の崩壊などによってもはやマルクスの資本論は、「失敗した理論」との評価を受けているものの、実は、マルクス自身の根本的な資本論に込めた思想は、共産主義体制の崩壊とは全く関係ないと言ってよく、むしろ、現在のようにグローバリズムをはじめ人間性がうしなわれつつある肥大化したむき出しの資本の論理がまかりとおる世界でこそ、もういちど読み返すべきだということだ。
資本論を核として、この資本論研究にかかわる膨大な関連著作や、様々な学派における資本論研究にまで言及する佐藤優の博覧強記ぶりには、ほとほと感心させられる。
(14年7月発行)