街場の中国論 内田樹 ミシマ社
まず本書のタイトルがどうも気になる。
タイトルに漂う、「自分は専門家ではない、しかし専門家でないだけにフェアな物言いができる」というロジックを使っているところに、なんとも狡猾な「アンフェアさ」を感じてしまうのだ。
その分野について詳しいから、あるいは知識が豊かだからその人の言っていること、あるいは判断には間違いの可能性が少ない、といった傾向は確かにあるだろう。
しかし、例えば本書のような「中国論」だとか、この人の他の著書（戦争論だとか、共同体論といった）自らの主張を、「街場の〜」というタイトルをつけてその議論がいかにも公正でフェアであるかのように装い、なんのことはない自説を展開するというやり方は、あまり潔い評論姿勢とは思えないし、むしろ狡猾にも思えるだけに、部分部分では文化論、文明論として着想が面白いし、なるほどと思わせるところのある著者の主張だけれども、全体的な胡散臭さが気になって、なんとも納得の行かない理論展開に思えてならない。。
そもそも、ある種の政治的な評論となれば、「中立な立場」等というものは成り立たないということは、頭の良い著者のような評論家が一番分かっているはずなのに－－－。
07年に書かれた本書は、それ以前の小泉首相の靖国参拝などを巡っての中国における反日デモ、領事館襲撃事件を契機として日本で巻き起こった、反中国派と、親中国（というよりは中国融和論）との論争を背景に、著者としての中国観を展開しようという意図で書かれたことは明らかだ。
しかし、こういった議論が分かれ交わることがない話題を「公正中立に」あるいは「フェアな立場にたって」論じること自身が、円環の中で誰が誰の右にいるのか、左にいるのかを論争するようなもので、最初から無理な前提であるということを、著者はよくわかっていながら、「街場の〜」というレトリックで目くらましをした上で、結局は自己主張をしているに過ぎないといってよい。
1億人を治める日本のやり方の延長では13億人を治めることはできない。一党独裁であればこそあるいは数千年続いてきた中華思想に基づいて中国以外の辺境の国や民を「化外」と考えるからこそ、まがりなりにも13億を治められるのであって、彼等がこうやって治めてくれることのメリットは日本のみならず、世界にとっても大いにプラスなのだ―――という著者の主張は、確かにそういう面もあるだろうし、現在の日中関係において必要な視点かもしれないとは思うものの、「だから、我々は〜〜あらねばならない」という結論が導きだされ、しかもそれがフェアな「街場の中国論なのだ」といわれると、釈然としない後味の悪さを感じてしまう。
(07年6月発行)