生きた化石 生命40億年史 リチャード・フォーティ 筑摩書房
翻訳書の出版企画というものは、出版社が原著を発掘し、それにふさわしい訳者に翻訳を依頼するのか、それとも訳者が発掘した原著を出版社に持ち込むのが普通なのか、翻訳出版業界に疎いので全く知らないのだが、訳が非常に読み易く、しかも内容が面白い本の何冊かが、よく見ると「矢野真千子訳」と書かれていた―――ということが何回かあった（「解剖医ジョン・ハンターの数奇な運命」「感染地図」「サイのクララの大旅行」「迷惑な進化」「大腸菌」等）ことからすると、どうも、矢野真千子という翻訳家の場合は、様々な外国図書を渉猟し、おもしろいと思ったものを出版社に持ち込んでいるのではないかという気がする。（そうでもなければ、テーマもジャンルも全くことなるのに、この人の訳したもののほとんどが自分には面白かった、という偶然がこんなに重なることもなかっただろうから）
そんなこともあって、「矢野真千子訳」という理由から手にとった一冊が本書だ。今回も期待に違わず、非常に面白い一冊だったし、彼女の訳の読み易さ故にか、400頁を超す大著だが、一気に読み通してしまった。
地球上に生命が誕生してから38億年とも40億年ともいわれるが、この気の遠くなるように悠久の流れの中で誕生した生命種の99％は絶滅しているのは、幾度にも亘る地球規模でのカタストロフィー、環境の過酷な変化といったことが繰り返されてきたからである。
しかし、「生命」そのものは、この悠久の時間の中でもその命を長らえてきた訳だし、種のレベルでみても、絶滅を繰り返す中でも、環境に合わせて新しい種に変化するなどして祖先の衣鉢を次世代へ繋ぐということを繰り返してきている。
著者は、古生物学、特に三葉虫の権威として知られているが、本書で著者がとりあげるのは、既に絶滅した生命、古生物ではなく、そういった古生物を祖先にもち、今もその祖先たちと余り変わらぬ姿で現存しつづけている生物、いわゆる「生きた化石」についてである。
本書は、まず1億5千万年前までには絶滅したといわれ三葉虫の生きた化石といわれるカブトガニから始まるが、その他にも、地球上に酸素をもたらした生物であるシアノバクテリア、そしてその集合体であるストロマトライトが現在でも見られるオーストラリアのハメリンプールの話、イエローストーンの熱水泉に住む好熱、好酸菌といった単細胞生物、カイメン。クラゲ、サンゴやシャミセンガイなどの多細胞生物、ソテツやイチョウといった植物、あるいはコオロギやゴキブリといった虫、といった具合に、著者の「生きた化石」への興味が次から次へと展開して息もつかせない。
矢野真千子訳であるにも関わらず唯一不満なのは、‘Survivors’(生き残り)という原題を、全面的に書き換えてしまい、本書の内容とタイトルがかなり印象の違うものになってしまったことを容認してしまったことだが---。
多分、出版社の改悪に対して訳者は、さほどの抵抗を示せないといった力関係があったのだろうか。
（14年1月発行）