探検家36歳の憂鬱 角幡唯介 文芸春秋
この読書欄でも取り上げた「空白の５マイル」 「アグルーカの行方」の著者である角幡唯介は、その名刺で「ノンフィクション作家・探検家」と名乗っているという。
世界中の地上のほとんどの場所が探検し尽くされた感のある現代において敢えて「探検」とか「冒険」の余地を探しそれに挑戦するこの人のモチベーションは一体何何なのか－－－冒険などというものとは全く対局にある日常を送っている我々にとっては大いに興味のある所である。ところが、角幡が最初に掲げた肩書が、「探検家」の方ではなく「ノンフィクション作家」であると聞くと、ちょっと悩ましい気持ちになってしまった。
というのも、自分にとっては、探検家あるいは冒険家とは、人間の原始的な本能である「新規探索性」という自発的な野生を剥き出しにして行動する人種であり、我々一般人にとっては「憧れ」の対象であるのだが、その一方、もう一つの肩書である「ノンフィクション作家」というのは、自分の本能だとか主張を二の次にして、第三者でしかない「読者」がよろこびそうな題材を読者の興味という他動的な動機によって探し回る人種にしか過ぎない－－－という先入観があったために、この二つの肩書の並列に違和感をもったからだ。
自分にとっての「探検」とは、実は自分の本能的野生が求める本能的な欲望なのか、それとも、単に「よいノンフィクションを書きたい」という目的を達するための「手段」なのｄろうか―――と悩む著者自身の心の遍歴を中心に8つのテーマで描かれた本書は、中々刺激的な一冊と言える。
そんな赤裸々な探検家の心情をエッセー風にまとめた本書は、この探検家、いやノンフィクション作家に対する我々の見方を根本的に変えてくれるに十分な作品になっている。
もっとも、この人の作品「空白の５マイル」「アグルーカの行方」を読むと、それが著者自身の実体験に基づかない探検、冒険であったとしても、探検ノンフィクションとしても超一流のものであり、それがまして自らの体験に基づくとなれば、迫真力が全然違うすばらしい作品になっていることで「ノンフィクション作家・探検家」といういささか相反する肩書が見事に調和しているこの人の、ユニークさに感心することしきりだ---。
ある章では、探検家という世間一般には背を向けたような行為に没入することの意義を自ら問い、又、別の章jでは、自分にとって冒険、探検とはなにか、その目的はノンフィクションを書くという行為の為の手段に過ぎないのだろうか―――といったプライベートな自問を中心に赤裸々にその思いをつづった、誠意溢れるエッセーである。
植村直己をはじめ、実に多くの冒険家、探検家といわれる人達が、冒険の難易度を次々に上げていく中で、遂には自らの死によってその冒険の遍歴を終えているが、そういった冒険家が陥りがちな危険なループについての著者自身の分析などにも触れており、その実に真摯で正直な心情吐露のエッセーには好感がもてる。
(12年7月発行)