遺伝子医療革命 フランシス・S・コリンズ NHK出版
それが我々に本当に必要なのか、そして我々はそれによって幸せになるのか―――様々な議論があるけれども、そんな議論などお構いなしで遺伝子医療はどんどんと進化している。
遺伝子を調べるだけで、あなたが将来どのような病気になるか(癌、心臓病、アルツハイマー等々)の確率が分かるとしたら、何らかの対処の仕方があるかもしれないし、その事が遺伝子によって運命づけられたあなたの発病のタイミングを遅らせ、場合によってはリスクをミニマイズすることができるかもしれない。
ただ、知らなければ済んだかもしれない、リスクを知ってしまったことによって、却って不安を抱えて日常生活を送るようなことになるかもしれないし、もしその病の治療法がない場合には絶望感を抱えて生活することにもなるだろう。そうであるとしたら「そんなこと知りたくもない」と思う人はいるかもしれない。
遺伝子によってリスクを知ることができるというならば、まだ生命が誕生する前からそういったリスクを持たない子供を作ろうとするいわゆるデザイナーベビーのような問題も出てくるだろう。
かつては「神の領域」といわれた部分にまで医療技術が進んでしまい、倫理が追いつかない、といったことがあってもよいものだろうか―――という議論も常に付きまとうが、そういった議論など置き去りにして、医療技術の方が遥かに先に進んでいってしまっている。
遺伝子医療の最先端にある著者による、医療技術の現状にはおどろくばかりだが、人間の側が既にここまで進んでしまっている技術にどう対処すべきかの問題は、全くといってよいほど手付かずだという現実を突きつけられる思いだ。
例えば、かつては定年退職の年齢が50とか55だったが、退職後の余命が5年とか10年だった時期と比べ、いまは退職年齢65としても平均余命は15年、あるいは20年であり、30年後には平均寿命が100歳になるというから、退職後のかつては「余生」といわれた35年もの年月を、どう過ごすかという問題を考えなければならないのに、今の社会はとてもその問題に対処できていない。（かといって定年を85歳にして―――となると社会の仕組みを根本的に変える必要がでてくるだろう）
本書は医療技術の現状とそれを取り巻く倫理問題、医療ビジネスとの関係、遺伝子特許の功罪など、実に幅広い問題に言及されており、遺伝子医療入門書として何とも刺激的な一冊といえる。
(11年1月発行)