幼年期の終わり アーサー・C・クラーク 光文社
SF小説の歴代ベスト10作品等という企画があると、必ずと言ってよいほどランクインするのがレムの「ソラリスの陽のもとに」と、このクラークの「幼年期の終わり」である。
初版は1953年だから人類初の人工衛星スプートニクよりも更に4年も前に、宇宙をこれだけのスケールで描いたクラークの発想力には驚嘆させられる。
本書は米ソの冷戦構造が、雪解けに向かいつつある、初版から36年後、クラーク自身が序章辺りにかなり手をいれて書き直した新版の新訳であり、初版の設定からは全体的に物語は、30年程スライドしている。
初版当時には、SFといえばやはりまだ空飛ぶ円盤による宇宙人の襲来、といったいまでは余り使われない設定が主だったことを思い出し、若干、古さを感じる部分はあるが、「ソラリスの陽のもとに」同様に、この作品のテーマが、必ずしもそういった科学技術や、宇宙物理学のディテールに囚われない、「人類とは何か」とか「宇宙には絶対的な意思というものがあるのだろうか」といった哲学的なテーマを追及するためにSFという舞台装置を使ったに過ぎない哲学小説として読めるから、全く古くはないし、むしろ、未来型の小説だともいえると思う。
そういうところが、三島由紀夫や大江健三郎などがこの作品を高く評価した理由だと思う。
物語は3部構成になっている。
第一部では、21世紀初頭、世界の各都市上空に無数の巨大宇宙船が現れオーバーロードと称する宇宙人たちが、人類に紛争を放棄させ、人類は彼等がもたらした様々な恩恵によって幸せな日々を送ることになる---という導入部。
第二部では、オーバーロード支配が始まってから50年、人類より遥かに高度の知能と技術を有するオーバーロード達は、その姿を現すことなく、平和裡に地球管理を行なっていたが、彼らの真の目的はが明らかになっていく---それは、 地球人類が新たな人類として階梯を一段上がっていく手助けをすることだった―――という展開部分。
第三部は、いわばそれまでのオーバーロードの地球管理と新人類誕生の手助け（見守り）の真の目的のネタばらし、すなわちオーバーロード達自身も、彼等の上の階梯の存在である、オーバーマインドの指令を受けて地球と人類の最後を見届けることそして―――という終章だ。。
時間スケールも宇宙的スケールも、現代に生きる我々にさえ大きすぎるが、これが今から60年以上前に書かれたとしたら、当時の人達は、一体この物語を受け取ることができたのだろうか―――と思う。
光速走行でオーバーロードに密航した男が地球に戻ってみると、地球時間はアインシュタインの原理通り80年進んでおり、彼は地球最後の人類となっていて―――という物がなしい終章部分には、思わず涙ぐんでしまいそうになった。
長編叙事詩、抒情詩としても中々素晴らしい作品であり、今も、この作品の影響はSF界ばかりではなく、様々な分野に今も色濃く残っていることに改めて気付かされた。
（07年11月発行）