世界教育戦争 アマンダ・リプリー 中央公論新社
PISAをはじめとする世界共通の学力テストで、成績上位にある国、例えば、フィンランド、韓国、ポーランドにはなにか共通点があるだろうか。
もし明確な共通点があるというならば、各国にとっての悩みのタネである教育のモデルとして大きな指針になるだろう。
しかし、この上位にある三か国には、なにからなにまでと言ってよいほど共通点はない。この三か国ばかりではない、学力テスト成績上位にある国、下位にある国、あるいは同じレベルの成績の国同士にも実はほとんど共通点らしきものはみられない。それぞれの国は、豊かさにせよ、学校制度にせよ、子供たちの置かれた環境は大きくことなっている。
子供たちの個人個人が置かれた家庭環境には、大きな貧富の格差がみられる。豊かな家庭に育った子供の成績は概してよいが、貧しい子供たちの成績はさほど良くないという傾向が見られるものの、貧富の格差こそが、成績の差の原因かというと、例えば、人種構成や社会階層の形が極めて似ているといわれる、カナダが成績上位にあるのに、なぜアメリカが常にこの種のテストで下位に甘んじるのはなぜなのかの説明がつかないし、国民所得平均レベルが高いフィンランドが成績上位であるのはまあ理解できたとして、さほど豊かではないポーランドがなぜ成績上位なのかの説明がつかない。
よくいわれる、教員の質の問題にしても本書によれば、実は、各国ともに教員の質は、大きな差はないという。
それでは、それぞれの国の教育制度にこそ問題があるのだろうか――――。ところが、能力別教育制度一つにしても、成績上位の三カ国はそれぞれ大きくことなっているし－－－。これまた、どのような制度がよいと一言ではとても言えない。
次世代を担う子供たちをいかに育てるかは、それぞれの国の未来を左右するのだから、各国ともに、もっとも熱く語っている問題であるにも関わらず、なぜいまだに「これこそあるべき教育の姿」といった定型が定まらないのだろうか。
本書は、フィンランド、韓国、ポーランドの3つの国に実際に留学した米国の若者にレポーターとして協力してもらい、留学生の目線でそれぞれの国の教育の特性をあばきだすことによって、教育べき論を考えて行こうと試みた中々ユニークな一冊である。
但し、我々が教育を語る時、わすれてはならないのは、一国とか人類といったマクロレベルの議論だけが目的化してはならないということだ。子供一人一人にとって、教育はその一生を左右する極めて重要なものであり、失敗はその子供の人生を台無しにしかねないという面を持つと同時に、一生の内の極めて重要な時期の過ごし方は、その子の人生そのものの価値をバラ色にも暗黒にもしかねないという事実である。
昨年末、世界30カ国で実施した最新の「子供の幸福度調査」で、韓国が最下位となったが、大学修学能力試験の日には、全国の、官公庁や企業は出勤時間を１時間遅らせ、英語の聞き取り試験の時間帯には航空機の離着陸が禁止されるなど、国民挙げての“応援”にみられるようなプレッシャーが、子供たちを精神的に追い詰めている例もあるだけに、成績さえよければよい、というものでもないことはあきらかだ。
かといって、「ゆとり教育」の行き過ぎで、却って日本の子供たちの将来に暗雲がたれこめてしまった失敗例もあるし－－－。
教育論は一筋縄ではいかないということを実感させられる。
(14年11月発行)