いのちの姿 宮本輝 集英社
この人の小説（「骸骨ビルの庭」 「睡蓮の長いまどろみ」）などは読んだことがあるが、随筆ははじめてだ。
小説は極めて巧みであったし感動的なストーリであったけれど、随筆も同様に、実に巧みだ。短い14編がおさめられている本書も、その一篇、一篇が中々味わい深いものばかりであった。
32年ぶりの随筆集ということであるが、全編が著者自身の回りで起こったこと、幼き日の思い出といった題材にもとづいており、作家が自らの越し方、行く末をしみじみと思う、といった風情が、作者と同世代の自分にとってはより身に沁みてて感じられた。
一生顔を合わせないことを条件に最初の婚家と離縁した母が、婚家に残した赤ん坊、すなわち作者にとっての異父兄の家の近くに行き、その家から散歩に出かけようと出てきた「兄」らしき人を見た時の揺れる気持ちを描いた「兄」という一篇などは、作者のみならずその母や異父兄などを取り巻く人々の数十年に亘る人生を一気に浮かび上がらせる物語性を感じる名編だし、短い文章に込められたその物語性は、長編小説に匹敵するものを感じた。
又、作者自身の馬主経験でえた不思議な人々の思い出を描いた「殺し馬券」、シルクロードを辿った経験で得た仏教的宇宙観を描いた「世界、時間、距離」などの随筆も、一流作家だからこそ得られた題材に基づいていて興味深く読んだ。
(14年12月発行)