モラルの起源 クリストファー・ボーム 白揚社
サブタイトルが「道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか」となっているように、我々人類のもっとも近い種である、チンパンジー、ボノモ、ゴリラなどの霊長類にもない「モラル」を、なぜ我々人類だけが持つにいたったのかについて400頁に亘って繰り広げられる論考は実に興味深い。
自然界における生存競争の中で、エゴを抑え利他的行動を取る個体は、自らの生存確率を下げてしまうことになり、ダーウィンの「自然選択圧」によって子孫を残す可能性は大幅に下がるはずだ。それにも拘わらず、なぜ人類だけは、利他行動を文化として維持し続けてきたのだろうか。
著者の論考は、大きくいって二つの科学的観察に基づいてすすめられる。
一つは、約4万5千年前にはじまったといわれる大型動物の狩猟採集生活とほぼおなじ生活をおこなっている、現代の狩猟採集社会の観察記録であり、もう一つは、人類に近いといわれるチンパンジーなどの霊長類の群れ（社会）や、個体の行動と人類のそれを比較することである。
人類史的な証拠によれば、人類は20万年前には狩猟採集生活をはじめており、又、道具をつかうなどしてお互いが協力しあうことで4万5千年前には、大型動物の狩りを行うようになっていた。
30人程度の小集団の中に数人のハンターがいて、ハンターが獲った獲物を群れに持ち帰り全員が平等に分け合う―――という現代の狩猟採集生活をする人達の分配ルールが、人類における利他行動の起源であるというのが著者の仮説だが、この仮説を様々な方向から類推していく論考は、ある種の謎解き的な面白さがあってぐいぐいと引き込まれる。
狩猟採集生活を営む人々の集団では、優秀なハンターで、いつも獲物を持ち帰る者でさえ、肉の分配に於いて多くの分け前を取ると、集団からは蔑まれ、仲間外れなどの制裁をうけるし、場合によっては死刑によって集団から抹殺されることもある。
集団にとっても、優秀なハンターの喪失は大きなダメージだが、それでも、集団における「平等の分配」を妨げる者を抑制、もしくは排除しようという集団の「社会圧」が、人類社会に於いて「利他行動」をする者の繁殖チャンスを増やしてきたし、そういう社会圧こそが、人類だけが持つモラルの起源ではないか―――というのが著者の主張だ。
化石などによって実証することができない「人間のモラルの起源」だが、こういう形で提示されると、随分と説得力を感じる。
狩猟採集民族の観察記録などは、必ずしも、これらの仮説に確固たる根拠を与えるほどの十分な量が確保されているという訳ではないし、観察記録に基づくとはいえ、その記録の解釈においては、かなりの程度著者の「類推」が入っているようにも思える点を考慮すると、本書で述べられる仮説の信頼性が必ずしも高いものではないようにも思うが、なにしろ、意欲的な仮説であり、大いに興味をもった。
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(14年11月発行)