私たちは今でも進化しているのか？ マーリーン・ズック 文芸春秋
人類の祖先は、乳幼児の時にもっていたラクターゼという乳糖を分解する酵素を大人になると失ってしまい、牛乳などの乳製品を摂るとお腹の調子をこわしてしまっていたという。
ところが、約4-5千年前、メソポタミアやエジプトで酪農がはじまり人類が乳製品を利用するようになってから、大人になってもラクターゼの働きを持続させることができ乳製品を摂取できるような体質になっている人が過半数に近くなってきているという。
すなわち、人類はわずか5千年ほどの間に乳製品を摂れるように「進化」し、しかもその進化は現在も続いているということになる。
従来、進化のプロセスは、もっと長い時間がかかると考えられてきた。樹上生活をしていた人類の祖先が、草原に降り立ち直立二足歩行をはじめ、それまでの樹上での木の実や昆虫を食べていた生活から、徐々に狩猟採集生活を営むように進化し、肉食によって脳を発達させて――――という進化のプロセスには数十万年、数百万年単位の時間がかかったという「常識」から考えれば、この「ラクターゼ持続性」の遺伝子を持つ人類が数千年の間に、これほど増えてきているという事実は、進化に関する我々の「常識」を大きく書き換えるものだ。
そうだとすると、我々、ホモサピエンスはその誕生以来の約20万年間のほとんどを狩猟による肉食をしてきた、すなわち、人類の体は「肉食」用にできているのであって、ほんの数千年にはじまった農業によって得られる穀物食は間違っている！というパレオダイエットの主張も、考え直すべきかもしれない―――。
又、我々人類は誕生以来の数百万年、常に食糧の乏しい「飢餓」の状態にあったので、その体は飢餓に備えたものになっているのに、このせいぜい数十年間の「飽食」の生活に体が合わないために糖尿病などの病気が増えているのだ―――我々は、むしろ自分の体を常に飢餓に近い状態においておいた方が健康をたもてるのだ―――という説も多くかたられてもいるが、これも疑うべきだろうか。
我々人類は、急激に変わっていく文化、社会に合わせて進化しているのかいないのか、という問題を、様々な観点から考察した本書は、中々面白い一冊である。
生物界において、進化が意外なほど急激に起きている例はいくつもあるようで、本書でもそんな例がいくつか示されており、なるほど著者の主張には説得力があるようにも思えるが－－－。
もっとも、「進化」を「変化」と置き換えてみれば、ラクターゼ持続性にしても、「生存」という生物の究極の目的にあわせて、遺伝子がフレクシブルに環境の変化に合わせて、本来隠れていた能力を顕在化させただけ―――と考えることもできなくはないだろうか？などとも考えてみたが－－－。
ダーウィンの自然淘汰説があまりにも絶対的な不磨の大典であるために、ひょっとしたら、我々の目が見えるものさえ見ないようになっているのかもしれない―――のでは？などともふっと思った。
(15年1月発行)