ストーナー ジョン・ウィリアムズ 作品社
94年に72歳で亡くなったジョン・ウィリアムズ自身、一部でその作品は知られているものの決して著名な作家という訳ではなく、この作品の主人公ストーナーと同じように30年以上の長きに亘って大学で英文学の講義を行ったという。どちらかといえば平凡な一生を送った人物である。
そんな、作家が自分自身をダブらせた人物を主人公にして書いた本書「ストーナー」は、1965年というから今から50年前に出版され、長く忘れられていた物語である。
しかし、06年にニューヨークで復刊し、その後欧州各国で翻訳されて人気が上昇、本国アメリカでもベストセラーとなったという中々数奇な運命を辿った小説である。
1891年にミズーリ州の貧しい農家に生まれた主人公ウィリアム・ストーナーは、郡の農事顧問の推薦もあって父親の農業を継ぐべく、コロンビアにあるミズーリ大学農学部に進むが、ここで必須科目の英文学を学ぶ内にその魅力に取りつかれる。
専攻を英文学に変えたストーナーは、苦学の末、母校の大学講師の職を得、その死の直前まで務めることになる。
物語は、そんなストーナーの勝利者ともヒーローともいえない、ごくありふれた一生を美しい文章で描いたもので、それは作家自身の半生像でもあるようにも思える。
ストーナーを文学の道へと踏み切らせるほどの影響を与えた恩師のこれまた決して成功者とは言えないような姿、大学時代に得たかけがえのない友達との日々、一目ぼれして結婚に至る資産家の一人娘との出会い、そして不幸な結婚生活といった物語は、ストーナーと多少の境遇の違いはあるものの、基本的には決して劇的とはいえない淡々とした人生を歩んできたであろう多くの読者自身の物語とダブルのではないだろうか。
無垢で純潔な者同士の結婚であったが故に失敗してしまったストーナーの結婚生活は、ストーナーのみならず、その妻イーディスの人生を、そしさらにはその一人娘のグレースをも逃れようのない不幸の被害者にしてしまう。人の人生が一度きりのものである以上、これまた、生きとし生ける者みなが、経験してきたことであり、誰が悪い訳でもなくそもそも人生とはそういう物なのだと読者の共感を呼ぶのではないだろうか。
偉人でもない、一介の大学助教の一生という物語は、確かに50年前のアメリカではさほどの注目を引かなかったのはうなずけるが、それから50年後、欧州で人気に火がつき、アメリカに再上陸、そしてこういう形で日本でも静かなブームを呼んでいることは、世界が漸く50年前のジョン・ウィリアムズという文学者の感性に追いついたということなのだろうと思った。
大きなストーリー展開がある訳でもないのに、一気にグイグイと読ませるのは、この作品の背後には、実は、ジョン・ウィリアムズという作家、ウィリアム・ストーナーという主人公、そしてこの作品を最後に亡くなった東江一紀という翻訳家3人の人生が込められている所為ではないかとも思う。
久々に巡り合った名作だ。
（14年9月発行）