ビスマルク 飯田洋介 中央公論新社
世界第4位の経済大国であるドイツだが、この国の建国史に関する知識はほとんどなく、かなり古くからアプリオリに存在していたかに誤解していたのは、この国が近現代史において、そして今も世界に占める影響力を考えればなんとも不可思議なことであった。
本書で初めて、ドイツの建国は、1871年というから明治維新で近代国家としてスタートしたことを知り、日本よりも新しい国なのだ、ということにちょっとびっくりした。
このドイツ建国に大きな役割を果たしたのが本書が取り上げる「鉄血宰相」の名で知られるビスマルクだ。
彼はプロシアの地主貴族階級であるユンカー出身者であり、プロシア皇帝に対する忠誠心の強い保守意識の持ち主であり、彼の外交、政治キャリアーの中心にあったのはユンカーを含む、旧支配階級の権益保護の意識であったという。
そういう意味では、当初彼は、プロイセンを含むドイツ各州の連合体であるにすぎなかったドイツ連邦への参加には極めて消極的であり、あくまでもフランスあるいはオーストリア帝国の影響を排し、プロイセン帝国の存続こそが目的であった。
しかし、ドイツ民族主義の台頭、あるいはオーストリア帝国や、フランス（ナポレオン三世）などによるドイツ各州に対する干渉、あるいは、極めて支配欲の強かったプロイセン皇帝の個性や欲望と調整を図らねばならず、そう言った中で、極めてフレクシブルな外交を展開した結果が結局は、彼の当初の意図とはまったく逆の、急激な「プロイセン民族意識の消滅」と「ドイツ建国」として帰結し、彼が歴史上「ドイツ建国の父」などとも呼ばれることになったのだという。
本書は、そんなビスマルクの今や忘れられつつある「真の姿」を新書一冊で簡潔にまとめたもので、ドイツという国を知るためには必須の書と言ってよい。
ビスマルクの生い立ち、あるいは、彼の最愛の妻との日々といった、ビスマルクという人物を形成した背景などにも詳しく言及し、彼の業績が、実はどのような政治的、外交的妥協と調整の結果生まれたものなのかといった分析も面白く一気に読める。
「鉄血宰相」などという頑固一徹、ゴリゴリの超保守主義者というイメージのあるビスマルクだが、実は、その政策実現の為には硬軟両方の手法を使うむしろ調整型ともいってよい政治家であった、という本書の指摘は実に興味深いものであった。
(15年1月発行)