死のクレバス J・シンプソン 岩波書店
冒険物といわれる本の中でも、実際に冒険を行った者が書いた物は、やはり迫力という点で部外者の書いた物以上の迫力に溢れている。
その、冒険が極めて危険なものであればあるほど、その迫力が増すのは当然だが、本書のように、実際に遭難し、死の寸前までの過酷な体験をした者が書いた（「遭難物」ともいわれるらしいが）物の面白さは際立っている。
本書の著者であるジョー・シンプソンは、僚友サイモンと二人で、アンデスの中心峰であるシウラ・グランデの1400メートルの氷壁である未踏の西壁に挑みこの登頂に成功するが、下降中に著者は、片足を骨折し宙吊りになってしまう。
手に凍傷を負っていたサイモンも危機的な状況に陥っており共倒れを防ぐためには、二人を繋ぐザイルを切断せざるを得なくなる。
本書の圧巻は、このザイル切断によって深いクレバスに落ち骨折によって歩行も困難な著者が、以後三日間、迫りくる死の恐怖と戦いながらも、飲まず食わずで悪戦苦闘を続け、遂に仲間のベースキャンプにたどり着くまでの、息を飲むような迫力に満ちた描写だ。
又、同時にサイモンの側から見た描写もあり、ザイル切断に到るサイモンの心の葛藤、そしてそれ以外に方法はなかったのだと自らを納得させようとする心の内側を語る部分など、読者もきっと自らがこの局面に置かれた場合を想像してあれこれと考えさせられるだろう。
読んでいるだけで、喉がヒリヒリとするほどの恐怖に包まれる、まさに遭難物の傑作といってよい一冊だ。
（00年11月発行）