生命科学の欲望と倫理 橳島次郎 青土社
科学者は一体、何のために科学研究を行っているのだろうか、また、何のために科学研究をするべきなのだろうか。
科学者個人の金銭的利益を得る為、あるいは名誉を得る為、など色々いわれているが、いま世の中の大勢は、いずれにせよ「何か役にたつため」であるべきだという意見に集約されつつあるのではないだろうか。
逆に言えば、さしあたって利益を生みだす訳でもないし、何かの役にたつとも思えない研究は、それが公的な資金によって賄われている場合などは特に「税金の無駄遣い！」として糾弾されるようなことになりかねない。
ニュートンの時代、自然哲学といわれた「科学」は、それはあくまでも研究者の「趣味」であったしそれでよしとされていたことを思うと、まさに雲泥の差だ。
理研による、STAP細胞の不正という大きなトピックを例にあげつつ、生命科学倫理問題の第一人者である著者は、最近の科学研究の混乱と、なにか科学者全体が科学倫理を忘れてしまったかのようになってしまったことは、いずれもこの「科学は何の為か」という命題について、科学者自身が答を完全に見失ってしまっていることに最大の原因があるという。
著者は、科学とは、人間に本来備わっている「なぜそうなっているかを知りたい！」という本能的な欲望を満たすための行為であり、その「知りたいという欲望」を純粋に追う事だけで完結してよいのだという。まさに、本来、科学はニュートンの時代の倫理こそが、原則なのだ、という訳だ。
人間の剥き出しの欲望の表現としての科学研究という根本が忘れられ、そこに名誉だ金だという別の邪な欲が絡んできたことが科学研究の堕落を産んでいるという著者の主張は、なんとも超過激思想のようにも聞こえるのは、キリスト教やイスラム教の原理主義者が、開祖の考え方に忠実であろうとする余りに超過激になってしまうのと同じことかもしれないが－－－。
人間が本来自然に与えられた寿命を超えて生き続けたいとか、生殖医療によって子供を持ちたいという欲望を持つことによって、次々と起きている生命倫理問題も、本来の科学「研究」と、そこから派生する科学「技術」の目的が異なっていることから発生している―――というのだが。
著者が世界で一番進んでいるというフランスの生命倫理法を詳しく紹介、それにくらべれば、ほとんど野放し状態といってよい日本の生命科学、生命医療のお寒い現状を紹介するなど、読みごたえの重量感はかなりある。
この著者の他の著書をもう少し読んでみたいとおもった。
(14年12月発行)