ぼくもいくさに往くのだけれど 稲泉連 中公文庫
竹内浩三は大正10年生まれ、亡き父と同年代に当たる。
伊勢の比較的豊かな家に生まれた浩三だが、映画監督になりたいという夢をもち東京で日大芸術学部に通い、普通のあの時代の青年として青春を謳歌しそして同時に悩む、いつの時代も変わらぬ若者の日々を送った。
そして、竹内浩三は、21才で大学を卒業と同時に応召、南方戦線に送られ23歳の時に戦死した。戦地から戻ってきた彼の骨箱には骨はなく、仲のよかった姉は、この骨箱に浩三の学帽を入れて墓に葬ったという。
そういう意味で、竹内浩三は、何者でもなく若くして戦地に散ったこの年代の若者の一人に過ぎなかった訳だが、彼が生前、ノートなどに書き溜めていた詩の数々は、彼の死後、姉や友人たちの手によって世にでることになり、「骨のうたう」「戦死やあわれ」 あるいは本書のタイトルにもなっている「ぼくもいくさに往くのだけれど」などに代表される、あの戦争の時代に青春を送った若者の素直な気持ちを歌った詩として、多くの人々の共感を呼んでいる。
本書は、そんな竹内浩三が戦死した歳である23歳の時に、浩三の作品に出合ったという著者が、竹内浩三のゆかりの人々などを訪ね歩いて集めた資料などを基にして表した評伝で、前半部分は竹内浩三の生涯とその作品、後半部分は、彼の死後、彼の作品が様々な人々の手を経て世に現れるに至った経緯などを中心に描かれている。
竹内浩三自身、あるいは多くの関係者も語っているように、彼自身は「詩人」を名乗ったことはなく、又、彼が残した詩は、決して「反戦詩」などではない。かといって、特攻隊員たちが残したように勇ましものでもないし、臆病な詩という訳でもない。
いずれの詩も、あの時代に生きたある一人の青年の心の奥底にある正直な気持ちの吐露であり、その正直な叫びが、今の時代に生きる我々の心に響くということなのだろう。
(07年7月発行)