波の音が消えるまで（上下） 沢木耕太郎 新潮社
ギャンブルを題材にした小説といえば、今や数限りなくあると言ってよいが、このジャンルを開拓したのは阿佐田哲也であり、彼の代表作「麻雀放浪記」は、ギャンブル小説というジャンルを超え、戦後エンターテイメント小説の最高傑作の一つともいえる物である。（参照:「外伝・麻雀放浪記」）
ノンフィクションを書かせたら当代随一と言ってもよい沢木耕太郎が、阿佐田哲也へのオマージュとして書いたのが本書であり、小説的なノンフィクションはあるものの、本書のような全くのフィクションは、著者にとっては初めてではないだろうか。
「凍」 「流星ひとつ」をはじめとする著者のノンフィクションのヒリヒリするような重厚感からしても、ギャンブルを主題にした小説に求められる緊迫した迫力、重量感を期待して読み始めた本書だが、上下2巻、徹底してバカラというカジノギャンブルの世界にのめり込み、破滅していく様々な人物模様と、詳細なバカラの勝負の実況的な描写は、期待に違わぬ迫力がある。
いつものノンフィクション作家らしい几帳面さで組み立てられた小説のプロットには、破綻がなく、読んでいる内に、これはノンフィクションではないかと思わせるものもあって、やはり著者の筆力には圧倒させられる。
但し、やはり阿佐田哲也、あるいは彼の「麻雀放浪記」と比較してしまうと、いささか冗長に過ぎる感じがしなくもないし、主人公を取り巻く他の登場人物についても、「麻雀放浪記」ほどには「得体の知れなさ」が足りないようにも思う。
やはりノンフィクション作家という出自が、あまりにも現実離れした登場人物を創りだすことにブレーキをかけてしまうのだろうか。
上下2巻ではなく、この内容を一冊に語れる位にした方が、却ってもっと迫力や重厚感という点ではよかったのではないかとも思った。
(14年11月発行)