仏教は宇宙をどう見たか 佐々木閑 同人社
宗教と科学の一番の違いは、超越者の存在とその能力(奇蹟や超常現象といった)を前提にするか、それともその存在を一切考慮しないか、というところにあると言ってよいのではないだろうか。
その意味では釈迦が説いたといわれる原始仏教は、以後に発達した大乗仏教系と違って超越者の存在や超常現象、オカルト的な存在を考慮することのない思想体系という意味では一般的に我々がいうところの「宗教」とは違い、「科学」と通じる思索の体系というところがあり、その部分が古くから「仏教哲学」などという名称で研究されてきた歴史がある。
それだけにノーベル物理学書にもっとも近いといわれながらガンで亡くなった故戸塚洋二氏など多くの科学者がこの初期仏教とその思索体系である仏教哲学に、魅了されたことも何となく理解できる。
おそらく、科学をとことん追求していくなかで、突き当たる壁のような物、不可思議さについて、この仏教哲学が何らかの示唆を与えてくれるところがあったのではないだろうか。
本書は、そういった仏教哲学の中でも極めて難解といわれる「アビダルマコーシャ」(倶舎論)の前半部分で展開される世界観を解説してくれるもので、仏教的な宇宙観、物質、エネルギー、時間等々の概念が、近代科学が到達した理論と（その体系に大きな違いがあるとはいえ）比肩しうるものであり、思想体系そのものとしては現代科学の世界観をもはるかに凌駕するものであることを感じさせてくれる。
2000年以上前に、俱舎論が唱えるような、科学的な意味での宇宙観、物質論において完結的な理論体系を構築していたことに驚くが、それよりも、もっと驚かされるのは、ある意味では、現代の量子力学やカオス理論に通じる、というよりは、それを抱合するかのような、因果律論、時間論、存在論の部分である。
それらの考察に当たっては、微妙に輪廻の思想のような仏教的宇宙観が組み込まれており、まさに「我々の存在とは一体何なのか」といったあらゆる哲学が求め続けている問いに答えてくれそうな予感すら与えてくれる。
本書は、「俱舎論」の前半部分の解説ということだが、いずれ著者が後半部分をいつか編んでくれることを大いに期待したいと思う。
(13年1月発行)