暇と退屈の倫理学 國分功一郎 太田出版
我々人類は、その原初より「食べて命を繋ぐため」に生きてきたといっても過言ではない。
すなわち、日々のあらゆる奮闘は食糧を調達し、家族と自分の命を継いで生物として次世代にその命を繋ぐことに汲々としてきたともいえる。
しかし、人が（現代の我々のように）食べることが十分に満たされ、働く必要もなく飢餓の恐れも差し迫る生命の危険もないとしたら―――人間の生物としての目的が達成されている状態なのだから、何もしないでゴロゴロしていればよいはずなのに―――。（川柳にも「世の中に寝るほど楽はなかりけり、この世のバカは起きて働け！」という句があるというのに―――）
なにもやることがなく有り余るほどのヒマがある人間は、じっとして（ごろごろと寝ていれば）いいだろうに、わざわざ危険に我が身をさらすことになる「旅」に出たり、エネルギーの無駄な消費でしかないスポーツにのめり込むなどして「退屈」をまぎらわそうとする。一体なぜなのだろうか。そしてそもそも人間にとって暇であること、あるいは退屈とは何なのだろうか。なぜ、人にとって退屈が苦痛なのだろうか―――？
本書は哲学者である著者が、退屈論の最高峰といわれるハイデッガーの「形而上学の根本諸概念」を取りあげるなどして、その分析の批判を行い、又、あるいはエクスキュルの「環世界」などの理論生物学の観点等々の、縦横無尽の碩学振りを駆使して「暇と余暇」についての哲学的考察をおこなった1冊だ。
哲学の考察などというと、往々にして難解なだけの堂々巡りで終わってしまいがちだが、著者の語り口は、本書が研究書であると同時に、一般読者を意識した分かり易いものになっていることで、哲学に対する人々の興味をおおいに喚起してくれるように思う。
「暇と退屈」についての著者としての結論的な部分にも本書の末尾では論考がくわえられているが、この部分はまだいささかこなし切れていないようにも思えたが、更に研究は進んでいくものと思われ、著者の動向には引き続き注目して行きたい。
（15年3月発行）